教員一覧

新原 道信

Michinobu Niihara

専門分野:都市と地域の社会学、フィールドワーク

地域に寄りそい、ひとにこころを寄せるフィールドワークをテーマとして、イタリア・ブラジルなど海外のひとたちと国際共同研究をしています。たったひとりで異郷/異教/異境の地に降り立ち、大切なこと/出会うべきひとに出会い、他者とともに場を創っていく――そうすることで〈ひとのつながりの新たなかたち〉を構想することを学生のひとたちとやっています。


中央大学研究者情報データベース(日本語)


CHUO UNIVERSITY Academic Researcher Database(英語)


連載・コラム NEW!(2024/5/31)

オンラインマガジン『雨晴』(編集室 水平線)

時評 「過去と未来の“瓦礫”のあいだで 」 (2023~)

 ※新原道信の調査の様子は中里佳苗さんの『生きた「吹き溜まり」ー「湘南プロジェクト」の記録』にも記録されています。


Q&A

 

[Q1] 社会学とはどのような学問でしょうか。

 

 社会学は、どんなひとであれ、どんな生き物であれ、どんな自然であれ、ただ存在するという理由のみによって静かに尊重されるような社会をつくるための学問であってほしいと思っています。わたしは、子供の頃からずっと、先生や親の期待から逸脱してしまい、なかなか自分の「居場所」を見つけられませんでした。そのせいかもしれませんが、出郷者や故郷喪失者、痛みを抱えたひと、「変な」ひと、「病んだ」ひと、よそもの、異質・異物とされるひとや生き物も暮らせる「街」があったらいいなと思っていました。「出会いの場としての都市や地域」あるいは「異質性を含み混んだコミュニティ」を創る学問であってほしいと思っています。

 実際に自分でやってきたことは、“旅をして、出会い、ともに考える”だったと思います。日本やイタリア、地中海、ヨーロッパや南米、大西洋、太平洋の「辺境」(と他のひとたちからいわれる場所)に行き、歴史的・文化的に複雑な背景(roots and routes)をもったひとたちに出会ってきました。そのひとたちに対して沸き上がる畏敬の念、心地よい敗北感につきうごかされ、そういうひとたちがこの地球上に生きている/生きていたことをなんとか他のひとに伝えたいという気持ちで、ここまでやって来たのではないかと思います。

 ひとりで異郷/異教/異境の地に降り立ち、“奇偶”と“機縁”で出会ったひとと深くかかわるようになり、ともに(共に/伴って/友として)創ることを始めていきました。よりゆっくりと、やわらかく、深く、耳をすましてきき、勇気をもって、たすけあう、複数の目で見て複数の声を聴き、複数のやり方で書いていく、地域に寄りそい、ひとにこころを寄せるフィールドワークが、わたしにとっての社会学だと思います。最初の「こだわり」は奥底に携えたまま、一度はそれと切れた形で他者の中に入って格闘してみて、その過程で自分が変わっていくことをよしとしつつ、もう一度、最初の地点とつき合わせてみて、自分が変わったということを自らの“場”において具現化してみせる“旅(explorations, esprorazione, itinerarium)”、そこでの“出会い(incontrare l’altro, encountering the other)”の社会学ということでしょうか。

 

人はどのような瞬間に他者と出会うのだろう。その他者はきわめて身近にいた人だった。でも君はずっとその人のことを理解していなかった。理解していないということにさえ気づいていなかった。人間がものを分かるというのは、後知恵という面がある。君もまた、同時代を生きている目の前の他者を、いまここで理解することはなかった。でもそのことをなげく必要はない。自分ではない誰かの中にある、自分とはことなる事実の理解のしかたを分かるという営みは、時として、時を経て、そう、時をこえて起こるからだ。君は出会った。その出会いは偶然ではない。君が会いたかったからだ。君があれほど、忌避していたもの、避けて通りたかったもの、もうひとつの姿に君は出会った。その出会いは、遅すぎるぐらいだったけれども、なぜか心地よい敗北感を感じてもいる。なぜなら君は、君が忌避していた他者に出会いたかったからだ。この出会いは、一見、いままで君が知っていた世界の否定でもある。確かだったものを失う痛みはある。でもなぜか心地よい。痛みの中にあらたな何かが生まれる予感があるからだ。新しい人を目覚めよ。ああこの人は実はこんな人だったのだ。他者を見てそう思っている君自身が、実は目覚めの時をむかえているということを君はまだ知らない。君がそのことを知るのは、ずっと後になるだろう。それは、君がいま同時代の中で格闘していることの意味を、ずっと後から来る誰かが掘り起こしてくれて、果たせなかった君の想いを発見してくれる時だろう。もしかしたら、君はその瞬間に立ち会わないままに死ぬかもしれない。ひとがつらなるというのは、多少の時間や空間のズレをともなうのだから。

ごくごくまれに起こる、会いたい人に会うという瞬間は、必然的であるのと同時に特別な意味ももっているわけだ。

君は出会った。誰かに。その人を知るために。その他者の中に自分を発見する。

 


[Q2] 好きな社会学者を教えてください。


 わたしが名前をあげることができる社会学者の方たちは、直接出会った方、その方たちから口伝えで教えてもらった方(ひとつのつらなりによって「出会った」方)ばかりです。

 学生の頃、はじめて訪れたイタリアのサルデーニャという島で、アルベルト・メルレルという社会学者に出会いました。メルレルさんは、1942年にイタリア北部の都市トレントで生まれ、家族とともにブラジルへとわたり、南米を代表する社会学者O.イアンニ先生の指導のもと、サンパウロ大学大学院を修了、アメリカ・アフリカ・ヨーロッパの各地の大学で教育活動を行い、イタリアに「帰還」した後は、地中海の島サルデーニャの国立サッサリ大学(創立1562年)に勤務していました。メルレルさんとの間で、“島々”というメタファーで社会をとらえる“社会文化的な島嶼性論(visione di insularità socio-culturale)”をともに創ってきました。

 その後、アルベルト・メルッチとの出会いがありました。メルッチさんは、1943年、アドリア海に面したイタリアの都市リミニに生まれ、ミラノ・カトリック大学で哲学、国立ミラノ大学大学院で社会学を学んだ後、パリに留学し、A.トゥレーヌ先生のもとで社会運動を研究すると同時に、臨床心理学の博士号を取得しました。J.ハーバーマスやZ.バウマンとの学問的交流を経てイタリアに帰国、サッサリ大学、トレント大学、ミラノ大学を歴任しましたが、2001年白血病でこの世を去りました。メルッチさんとの間では、可能性と限界のジレンマを抱えつつ地球規模に拡がった現代社会をとらえるための見方である“惑星社会論(vision of planetary society)”を共有し、そのような社会に固有の問題によって“痛む/傷む/悼むひと(homines patientes)”の声を“聴くことの社会学(sociologia di ascolto, sociology of listening to the voice of ‘living witnesses’)”いっしょに考えてきました。メルッチさんが夭逝された後も、奥さんのアンナさんや他のイタリアの社会学者と歩みをともにしています。この二人を通じて、イアンニ、トゥレーヌ、バウマンなどの社会学の巨人と直接お会いする機会をいただきました。

 また、社会学の師である矢澤修次郎先生を通じて、C.オッフェさん、M.カステルさんと時間をともにする機会をいただきました。その他、直接会ってはいませんが、メルレルさんを通じてP.ブルデューさんとJ.C.パスロンさんのひとと学問に「出会い」ました。また、わたしの前任者であり都市社会学の泰斗である奥田道大先生を通じてW.F.ホワイト、矢澤修次郎先生よりA.グルードナー先生などアメリカのリフレクシヴ・ソシオロジーの系譜の方たちの息づかいを教えていただきました。加えて、島崎稔先生や越智昇先生、都市や地域を研究するすぐれた方たちの背中から多くのことを学ばせていただきました。こうした方たちが、尊敬する社会学の先達ということになるかと思います。

 


[Q3] どうして社会学者になろうとしたのでしょうか。理由や経緯などを教えてください。


 社会学への道は、きわめて曲がりくねった道でした。もともとは、文学・哲学、物理学・生物学などに興味があり、何かものを考えたいという欲求はずっとありました。しかし、「デキナイおまえにものを考える資格などあるわけない」と言われて育ちましたし、自分のなかでも「ないかな、ないよね、きっとだめだ。だってダメニンゲンだから」という声が響いていました。はたして考えるに値する人間とそうでない人間がいるのだろうか?――その意味を考えるところから幼少期が始まりました。そのためなのかもしれませんが、他のひとにむけて「それでもいっしょに考えたい」と言いたいのだと思います。

 では何を考えればいいのだろうと思い、とても苦手だった受験勉強をして、やっとのことで大学に入り、最初は哲学の勉強をしました。「わたしは、呻きつつ求めるひとのみを、是認する」(パスカル『パンセ』421)という言葉にずいぶんと救われました。そして、生涯の師となった哲学の先生から、「新原くん、なにかの専門家になるとしても、本業は人間ですよ」と言われました。先生はまた、「人間はみな障がい者、欠けたる存在です。医者が理解などしない痛みこそが、実際に生き、生存している人間の真実なのですよ」とおっしゃいました。先生がみずから身体をはって発せられる真実の言葉が、骨の髄にまで浸潤してくるような感触がありました。20代前半のわたしに、先生が、思い、志し、想いを馳せ、言葉にして、考えると同時に身体がうごいてしまっているという“思行”の種を蒔いてくださったのだと思います。

 先生はまた、「死『について』考えるのと死『を』考える」はちがうはずです。『について』はドイツ語でüber、何かを越え出ていくという意味があります。『を』が持つ臨場感を持つことなく、すり抜けてしまい、対象に食い込んでいかないのです」ともおっしゃいました。わたしは、ここから“臨場・臨床の智(cumscientia ex klinikós)” を学びました。東洋の思想のなかにも、「朝に道を聞かば、夕に死すとも可成り」『論語』、「誠者天之道也、誠之者人之道也(誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり)」『中庸』という言葉があることを教えていただきました。

  やっと少しだけ、「ものを考えてもいいのかな」と思えるようになりました。人間が自分で何かを考えるというのは、「それによって生きることができるコーズcauseをもつことである。そのために精神の真底から笑い、喜び、怒り、憂え、悲しむことができるなにか普遍的なもの、なにかパブリックなものをもつことである。そのとき、歴史は精神の外側に己れを展開する眺めではなくなって、自己のうちなるコーズそのものにかかわる出来事となる」という恩師の言葉に、大学4年間の意味は集約されていたと思います。「考える存在としてそこに居てもいいのだよ」というメッセージを恩師からもらうことで、自ら学び、自ら求めていくための装置(organon, apparatus)を自分のなかにつくることができたのではないかと思います。その探求の方法を、社会倫理学、社会思想、政治学、そして社会学などで試していくことになりました。

 しかし、アカデミズムの世界では、「ただものを考えてみたい」などという「夢想」は通用しません。この方向で自分の「コーズ」を考えようとしつづけるためには、どこでなにをすればいいのだろうということだけを考える時間がしばらく続きました。まったくの幸運で、社会学者の矢澤修次郎先生や古城利明先生に出会い、先生方の研究グループで社会学的調査研究の方法(理論の魂と実証の魂)を教えていただきました。そして、イタリア・サルデーニャでメルレルさんと出会い、“社会文化的な島々”のつらなりとして世界と個々人を見る視線(“移動民”の目)が芽生え、サルデーニャで現在のわたしの学問(“旅する社会学”)の骨組みが創られました。その後、メルッチ夫妻との希有な出会いによって、社会的痛苦と向き合う“聴くことの社会学”の骨組みが創られました。

 わたしの調査研究の主要なフィールドとなったサルデーニャ、神奈川の県営団地、日本で暮らす「移動民の子どもたち(children of immigrants)」との“出会い”は、いずれもこちらの選択というよりは相手によってつかまれ、試されつづける「一期一会」だったのではないかと思います。メルレル、メルッチ夫妻との友情と協業により、日本人があまり行かない国や地域への“旅/フィールドワーク”と、ふつうは学問でとりあげることのできない“傷つきやすさ(vulnerability)”の領域にふれるかたちで、“コミュニティを基盤とする参与的調査研究(Community-Based Participatory Research(CBPR))”と“療法的でリフレクシヴな調査研究(Therapeutic and Reflexive Research(T&R) )”をおこなうようになりました。近年は、アジアを駆け抜けた人類学者・鳥居龍蔵先生のご家族にならって、妻・娘といっしょに“旅/フィールドワーク”(の「自営業」?)をおこなうスタイルへと移行しました。

 ヨーロッパ中世の言葉に「都市の空気は自由にする(Stadtluft macht frei)」というのがあります。「考える資格はない」とされた人間が、なんとか考えたいと思いつつ“旅”を続けるなかで、そのような人間を受けて入れてくれた「都市」が社会学だったということになります。

 


[Q4] 近年の研究テーマを3つほどあげて、どのような研究に取組まれているかご紹介ください。

 

 「ここがロードスなり、ここにて跳べ!(Hic Rhodus, hic saltus! )」(『イソップ物語』より)という言葉のように、社会学は、いま現に起こっている問題に応答するため、自ら“メタモルフォーゼ(change form / metamorfosi)”していく学問だと思っています。社会学、それと同時に、見た目の問題(issue)の背後にある原問題(problem)を切り出し、想定内の「問題解決」ではない“新たな問いを立てる(formulating new questions)”学問でもあります。

 

①「壁」の増殖に対峙する“共存・共在の智”にむけての探求型フィールドワーク(Exploring Fieldwork towards a "wisdom of coexistence" to confront the proliferation of ‘barrier’):

 この研究は、「異端・異物を排除・根絶する力」の噴出である世界各地での“「壁」の増殖”を、現代社会の焦眉の問題としてとらえ、この潮流に対するオルタナティヴとしての”“共存・共在の智(wisdom of coexistence)”を、ブラジルやイタリアなどでの“探求型のフィールドワーク”によって明らかにすることにあります。

②「新型コロナウイルス」問題に応答する“生存の場としての地域社会”の探求(Exploring "community as a territory of sustainable ways of being" in response to the "Covid-19" problem): 

 この研究は、地球規模に増殖する「新型コロナウイルス感染症(COVID-19, Coronavirus Disease 2019)」によるグローバルな危機を、現代社会の焦眉の問題としてとらえ、“生存の場としての地域社会”の方向性を提示し直すことをめざしています。これまで調査研究をともにしてきたイタリア、ブラジル、インドなどのひとたちとの国際共同研究です。

③フィールドに出られないときのフィールドワークの理論と方法の錬磨

 わたしは、これまで、イタリア、ブラジルなど海外の共同研究者や学生のひとたちと、“惑星社会のフィールドワーク(たったひとりで異郷/異教/異境の地に降り立ち、自分で道を切り開き、大切なこと/ひとに出会い、ともに場を創る)”をすすめてきました。しかしいま、「新型コロナウイルス」の感染拡大によって、活動は大きく制限されています。このような状況ですが、〈フィールドに出られないときのフィールドワーク〉をすすめるチャンスと考え、積極的に活動しています。先日も、イタリアの共同研究者が主催し、インド、カナダ、インドネシアなどのひとたちとオンラインでの研究交流をおこなっています。これを機会に、いま直面し、これからもし続けることになるであろう“見知らぬ明日(unfathomed future)”のなかで力を発揮するようなフィールドワークを創っていきたいと思っています。

 


[Q5] 学部の主な担当授業を教えてください。また、そこではどのようなことを教えられていますか。

 

 社会学専攻のなかでは、とりわけVisionaryの立場から、“異境の力”の育成をめざしています、“異境の力(una capacità 'di confine')”とは、第一に、“異境で生き抜く力(una capacità di vivere oltre i confini)”です。第二に、その意味をふりかえることで、複数の“異郷/異教/異境(foreign land/pagandom/extraneous borders)”の地を行き来し、生き抜き、尚かつその意味を理解し表現しきるという意味で、“いくつもの異境を旅する力(una capacità  di viaggiando nei vari confini)”を培っていきます。さらには、穴だらけで、不備や欠陥があったとしても、おおかたの予想を裏切り、「同郷人」たちをはっとさせるような新たな見方(nuova visione)を提示することをめざします。すなわち、異なる境界線の引き方、補助線の引き方を提示することでその場の“メタモルフォーゼ”を誘発する力、“異境を創り直す(una capacità di ricomporre i confini)”力、つまりは、“新たな社会への見通しをつくる(creating a perspective on alternative society)”力です。

 担当は、学部でも大学院でも、都市と地域の社会学とフィールドワークとかかわる科目となっています。

①講義科目は、以下のようなねらいでおこなっています:

§この場で何を考えるか?・・・私たちにとって「自明」の場である現在の(地域)社会は、いかにしてつくられてきたものか、どのように変化してくのか? Think planetary, act contrapuntally and poly/dis-phonically:「地域社会学」以前の「地域社会」/「地域社会」以前の地域としての「惑星地球」まで含めて考えることを試みます。

§何を試行するか?・・・〈地域(フィールド)を“読む”/資料を“フィールドワークする”〉 “うごきの比較学(”Comparatology”of nascent moments)”により、“生存の場としての地域社会の探究/探求(Exploring Communities for Sustainable Ways of Being)”をしていきます。

②フィールドワークとかかわる実習系の科目は、以下のようなねらいでおこなっています:

§何を試みるか?・・・地域に寄りそい、ひとにこころを寄せるフィールドワーク――近くであれ遠くであれ、国内であれ国外であれ、たったひとりで異郷/異教/異境の地に降り立ち、大切なこと/出会うべきひとに出会い、他者とともに場を創っていく――そうすることで〈ひとのつながりの新たなかたち〉を構想する。「景観」の背後に在る“構造/情動(汗や想い)”を掬い取る。ひとつの景観としてしか受けとめることのできない「事件」や「データ」や「情報」の背後にある〈構造やシステム〉、〈人間のこころのうごき(汗や想い)〉を探る。

 そのために、以下のような複合的なフィールドワークをおこなう:

◇身近な場所/“縁”のある場所/自分にとって意識の“端/果て”にあった場所を組み込むかたちで、惑星地球規模となった生身の地域に寄りそい、こころを寄せるデイリー/フィールドワーク【空間】

◇「一期一会(一度きり)」の/長期にわたりコミットメント(関与)する/関係性を“組み直し”続けるデイリー/フィールドワーク【時間】

◇「虫の目(clinical)」「鳥の目(global)」「惑星の思考(thinking planetary)」を“織り合わせ(intrecciare insieme, weave together)”、“複数の目で見て複数の声を聴き、複数のやり方で書いていく”という多声の確保により、“新たな問いを立て(formulating new questions)”、“新たな社会への見通しをつくる(creating a perspective on alternative society, creare una prospettiva sulla società alternativa)”ことをめざす。


 

[Q6] 大学院の主な担当授業を教えてください。また、そこではどのようなことを教えられていますか。

 

 担当は、学部でも大学院でも、都市と地域の社会学とフィールドワークとかかわる科目となっています。院生のみなさんは、学生であると同時に、水平的な関係で調査研究をともにする「よき仲間(ベルエキップla belle equipe)です。そのため、現在進行形の研究プロジェクトに参加してもらい、「問題発見(仮説生成)型」を基本として問題解決(仮説検証)型のプロセスを組み込むフィールドワーク(「原問題」の発見から科学知へ)をいっしょにすすめていきます。①自分でフィールドワークの場(自分にとっての"共創・共成"の場)を探す、②他のメンバーとの"対話的なエラボレイション"により、独自のフィールドワークを行う、③「原問題の発見/問題解決の新たな方向」に関してまとめる、④この段階に達した者が各種のプロジェクトの主要な担い手となるためのトレーニングを行います。初期シカゴ学派のように、living society のなかで、授業をすすめるなかで、いかなる困難に直面するかをデータ化し、国内と海外の研究メンバー、現地の当事者との間で多重/多層/多面の意味づけと対話によってコード化し、再解釈をすすめていきます。 

 


[Q7] ゼミではどのような研究ができますか。また、先生のゼミの特徴を教えてください。

 

 担当教員である新原の専門は、都市や地域の社会学と国際フィールドワークですが、ゼミ生は、都市や地域のみならず、文化・メディア、家族、生きづらさ、ケア、ボランティア、教育、福祉、子育て、病など、自分が考えたい様々なテーマに取り組んでいます。“生身の都市や地域(living city, community and region)”ではあらゆる問題に直面していますので、学生のひとたちの研究テーマも、都市や地域、コミュニティから始まり、歴史、文化、経済、政治、環境、民族・エスニシティ、宗教、ジェンダーとあらゆるテーマにひろがり続けています。 

 新原ゼミは、学生一人一人、「選抜チーム」でなく全員が主役という意味での「オールスター」のチーム構成で、寄り集まり、智恵を寄せて集めるかたちで「学びの場」を作っていくことを大切にしています。ゼミ全体の運営も上級生が提案し議論しながらつくっていき、毎回のゼミは、司会進行等をローテーションで分担して担当します。普段のゼミでの活動はグループワークが中心です。たとえば2019年度前期には、ゼミを A〜D班に分かれて、班ごとにテーマを設定してからグループワークを中心にフィールドワークを行いました。夏休みにも合宿してフィールドワークを行いました。後期は、テーマの近いひと同士でチームをつくり(A医療、B人、C教育、Dメディア、E都市、F地域)、論文草稿を提出し、おたがいにアドバイスをしあいながら、〈あるき・みて・きいて・しらべ・ともに考え・かく〉というスタイルで卒論・ゼミ論の執筆に取り組みました。

 ゼミの特徴は、いくつかあります。

①まず、様々な背景(roots and routes)をもったひとたちの「出会いの場」「ひとのつらなりの場」となっていることです。新原ゼミは、文学部の社会学ゼミと大学院ゼミに加えて、中央大学のすべての学部から希望者が集まってくるプログラムである(Faculty Linkage Program)の地域・公共マネジメントプログラム、国際協力プログラムの4つのゼミによって構成されています。様々な学部・学科、出身地、言語・文化をもったひとたちが、ゼミ・学部の枠をこえた交流・協力をして、合同報告会や合同合宿、地域活動などを通じてフィールドワークの力を養っています。各ゼミの「タテ」の関係だけでなく、ゼミをこえた「ヨコ」さらには「ナナメ」の関係がつくられてきていて、分からないことがあれば院生や上級生に気軽に相談できる合同のプロジェクトをしたりしています。毎年、秋頃になると論文や成果報告会をする各ゼミのひとたちが、学内のミーティングルームに自然と集まってくるのが「年中行事」となっています。お菓子を食べたり、飲み物を飲んだりしながら、勉強や課題のことだけではない話へと「脱線」することも含めて、「生みの苦しみ」をともに楽しんだ時間は、卒業後もずっと記憶にのこるとのことです。「つらなり」という点では、すでに300名をこえたゼミの卒業生は、ゼミ全体でつくっているメーリングリストをよく見てくれていて、いまの仕事や暮らし、生活からの知見を、メッセージとして送ってくれたり、論文提出や報告会の時期に激励してくれたり、時にはゼミに顔を出してくれたりしています。

②次に、“社会のオペレーター(生活の場に居合わせ、声を聴き、要求の真意をつかみ、様々な「領域」を行き来し、〈ひとのつながりの新たなかたち〉を構想していくひと)”が育っています。「3.11」の後、地域の方たちとの間で何か出来ないかと考え、立川の昭和記念公園に隣接する砂川地区で、〈地域との協業〉を続けてきました。ゼミ生たちは、立川プロジェクトという調査研究・地域活動グループをつくって、砂川地区の団地の運動会や夏祭り、防災ウォークラリー、子ども会の八ヶ岳キャンプといったイベントのみならず、毎月の役員会など地域づくりの舞台裏にも参加させてもらい参与的な調査研究をしてきました。「コロナウイルス感染拡大」によって、ずっと歩みをともにしてきた立川の団地や子ども会の方たちとの間では、イベントの開催などが出来ないなかでも、同じ気持ちで協力体制を維持できています。「先の見えない」状況のなかで、刻々と変化する社会と自分をよく見て、苦しんでいるひとの声に耳をすまし、声をかけあい、自分と縁のあるひとや土地、いままであまり気にとめてこなかったひとたちのことを考えようとしてくれています。卒業してからも、教育や福祉、報道といったひととかかわる仕事についたひとたち同士、また在校生とも連絡をとりあい、大学と地域、職場などをクロスさせるかたでのネットワークやプロジェクトが複数立ち上げられています(たとえば、子供プロジェクトなどのプロジェクト、その他、わたしの知らないところ学年・ゼミをこえた「女子会」や「同期会」が開かれたりしています)。

③そして、〈危機の瞬間、時代の転換期に力を発揮するひと〉が育っているゼミです。いまみなさんは、たいへんな不安やストレス、疲労感のなかで暮らしていることと思います。「新型コロナウイルス」への特効薬(ワクチン)もなく、いつ「収束(解決)」するのかもわからず、見えない相手に脅える日々が続いています。外出すること、大学のキャンパスに行くこと、調査に行くこともなかなかできなくなっています。しかしいま、ゼミ生のひとたちは、キャンパスに来ることもできないなかで、ゼミ活動を十分すぎるかたちですすめてくれました。きっとそれは、“フィールドワークの力(自分で道を切り開き、大切なこと/ひとに出会い、ともに場を創る力)”です。フィールドワークでは、突然の状況の変化で、予定が変わったり、現地に行けなくなったり、帰れなくなったり、いろいろ大切なものを失ったりと、様々なことが起こります。なんとかその現実に対応しようとするなかで、何かを「うまくやる」力というよりは、「うまくいかないときでも何かは出来る」力を、ゼミ生はつくってきてくれているのだと思います。すでに社会に出た卒業生たちからは、「危機の瞬間や転換期にこそ力を発揮するひとを育てるゼミだったと思います。だからこそたいへんなときにはまた帰りたい、声をききたい、そこにいたいと思えるのかもしれません」と言われています。いまはまさに、制限のあるなかでも出来ることを見つける力を養える時期だと考えています。

 卒業生のつながりは強く、調査をして論文を書くことで培った〈教えられたり、指示されたりする前にまず自分で始めてみる力〉を、社会のフィールドで生かしています。東京都庁、神奈川・兵庫・大阪・静岡・岩手・新潟・大分・福島などの県庁職員、横浜・川崎・八王子・日野・川越・23区(港区、世田谷区)などの自治体職員、省庁(財務省、厚労省、国土交通省)などの国家公務員、小中高や大学の教員、大学事務職、研究職、国際交流・協力関係の官公庁・組織・諸団体(JICA、国際交流協会、日本文化会館、青年海外協力隊など)、海外の諸組織・団体職員、海外の大学院、三菱や三井などの銀行・その他の都銀や地銀(りそな、北海道など)・商社・メーカー、ライフセーバー、ソニー・シャープなどの製造業、IT企業、NTT・au・ソフトバンクなどの情報産業、JCBなどカード会社、生保、損保、広告代理店、アパレル、証券会社、リクルート系の人材会社、商工会議所、金融(都銀、地銀)、流通(日通など)、不動産業、編集者、建築士、看護師、社会福祉士、ケアマネージャー、整体師、TV番組制作者、アナウンサー、JAL・ANA・JRなどのCA・車掌・運転士、朝日・毎日・共同通信・NHKなどの記者として働いています。それぞれの職場で活躍している卒業生からは、「社会に出て気付いたことですが、私たちのように大学ゼミで全力投球をした貴重な経験を持つ人は、残念ながら多くありません。」「ゼミでやっていたグループワークやプレゼン、思考や表現、他者とのコミュニケーションなどの努力が、就職活動やその後の仕事、家庭生活、子育てでも役に立っています」とのことです。

 大学在学中にすべきことは、知識の蓄積以上に、汗をかいて、足で稼ぐこと、全景把握を試みること、“生活・生存の場”としての地域の構造を把握する力と人々の汗や想いを掬い取る力を身につけることです。「ふつう」にこのゼミをやったひとたちは、短期的に「速く」いこうとする人たちよりも、より深く、より遠くまで、そして(結果的には)より早く、自分のなすべきことに到達していきます(「急がば回れ」です)。想像力と創造力を大切に、このゼミで自分を試していってもらえたら幸いです!!

                                          


[Q8] 学部1~2年次で読んでほしい本をあげてください。


 みなさんの社会学(を学ぶ)者の“メチエ(職務、誓願、使命: métier, professione, Beruf)”は、〈あるき・みて・きいて・しらべ・ともに考え・かく〉ことです。なんらかの意味でのフィールドワーカーとしての体験の後に、“書き手/描き手/語り手(scrittore/rappresentatore/narattore)”となることが求められています。自分で始め自分で終わるという行為、“[何かを]始める(beginning to)”人間となるためには、インターネットで区切られた範囲の情報を切り取るだけの「消費者」にとどまるわけにはいきません。作り手(homo faber)となるためには、「工作/耕作者」の気持ちを想像しつつ、ひとりの著者をひとつの「智の図書館」として読むことをおすすめします。

 一連の著作を処女作から順番に読んでいくことで、みなさんの対話者となってくれそうなひとたちを何人か紹介します。みずから図書館に行き、著作集等を“探究/探求”してください:

網野善彦、藤田省三、小田実、柳田国男、井上ひさし、鶴見和子、鶴見良行、鶴見俊輔、阿部謹也、良知力、色川大吉、久野収、石堂清倫、W.F.ホワイト、ミルズ、グールドナー、ブルデュー、ゴフマン、シュッツ、玉野井芳郎、K.ポランニー、M.ポランニー、鹿野政直、ブローデル、山口昌男、南方熊楠、バーガー、鳥居龍蔵、宮本常一、E.サイード、本田靖春、鎌田慧、柳田邦夫、高木仁三郎、多田富雄、M.エンデ、H.M.エンツェンスベルガー、R.N.ベラー、上野英信、ボンヘッファー、神谷美恵子、森崎和江、石牟礼道子、田中正造、宇井純、加藤周一、吉野源三郎、星野之宣など(順不同)

 

 以下、いくつか、社会学以前に人間と社会を学ぶのに適している作品をご紹介します。

 

§始まり(Beginnings, principium )

☆吉野源三郎、2006『君たちはどう生きるか』岩波文庫。

☆羽仁五郎、1982『君の心が戦争を起こす―反戦と平和の論理』カッパ・ブックス。

☆吉野源三郎、2002『同時代のこと』岩波新書。 

☆阿部勤也、2007『自分のなかに歴史をよむ』ちくま文庫。

☆E.サイード、1998『知識人とは何か』平凡社。

 

§マンガ

☆浦沢直樹、1985-1988『パイナップルARMY』小学館。

☆浦沢直樹、1988-1994『MASTERキートン』小学館。

☆浦沢直樹、2000-2007『20世紀少年』小学館。 

☆楳図かずお、1990-1995『14歳』小学館。

☆星野之宣、2001『ブルー・ワールド』 (上)(下) 講談社漫画文庫。 

☆星野之宣、2002『ブルー・ホール』 講談社漫画文庫。

☆星野之宣、2007-『宗像教授伝奇考』 小学館。

☆星野之宣、2005-『宗像教授異考録』 小学館。

 

§小説(ファンタジー)

☆ミヒャエル・エンデ、上田 真而子・佐藤 真理子訳、1982『はてしない物語』岩波書店。  

☆ミヒャエル・エンデ、大島かおり訳、2005『モモ』岩波少年文庫。  

☆大岡昇平、1974『レイテ戦記』中央公論社。

☆井上ひさし、1982『吉里吉里人』新潮文庫。

☆井上ひさし、1982『イーハトーボの劇列車』新潮文庫。

☆石牟礼道子、2004『苦海浄土―わが水俣病』講談社文庫。

☆ベルトルト・ブレヒト、岩淵達治訳、1979 『ガリレイの生涯』 (岩波文庫 赤 439-2) 。

☆サマセット・モーム、中野 好夫翻訳、2007『人間の絆』新潮文庫。

☆アントワーヌ ド・サン=テグジュペリ、堀口大学訳、1956『夜間飛行』新潮文庫。

☆アントワーヌ ド・サン=テグジュペリ、山崎庸一郎訳、2001『戦う操縦士』みすず書房。

☆アルベール・カミュ、宮崎嶺雄訳、1969『ペスト』新潮文庫。

 

§SFファンタジー

☆バックミンスター・フラー、芹沢高志訳、2000 『宇宙船地球号操縦マニュアル』ちくま学芸文庫。

☆安部公房、1970『第四間氷期』新潮文庫。

☆ジョージ・オーウェル、高橋和久2009 『1984年』早川書房。

☆小松左京、1998『復活の日』ハルキ文庫。

☆レイ・ブラッドベリ、小笠原豊樹訳、1976『火星年代記』早川書房。

☆オルダス・ハックスリー、大森望訳、2017『すばらしい新世界』早川書房。

☆クリフォード D.シマック、林克己訳、1976『都市』早川書房。

☆ネビル・シュート、 佐藤龍雄訳、2009『渚にて 人類最後の日』創元社。 

ブライアン・W. オールディス、深町眞理子訳、1976 『グレイベアド――子供のいない惑星』創元社。

 

§「子供が泣き叫ぶ」ように、声を発する文学

☆大江健三郎、1965『ヒロシマ・ノート』岩波新書。

☆大江健三郎、1970『沖縄ノート』岩波新書。

☆中野好夫、1963 『アラビアのロレンス』岩波新書。

☆原民喜、1993『夏の花』集英社文庫。

 

§ドキュメンタリー・記録文学~果たされなかった想いの代理人~

☆上野英信、1967『地の底の笑い話』岩波書店。

☆柳田邦男、1990『「死の医学」への序章』新潮文庫。  

☆本田靖春、1985『村が消えた―むつ小川原 農民と国家』講談社文庫。

☆佐野眞一、2005『遠い「山びこ」―無着成恭と教え子たちの四十年 』新潮文庫。

☆猪瀬直樹、1994 『唱歌誕生―ふるさとを創った男』文春文庫。

☆吉田満、1994『戦艦大和ノ最期』講談社文芸文庫。

☆小関智広、2004『春は鉄までが匂った』ちくま文庫。

 

§人間の住んでいる島からの言葉

☆阿波根昌鴻、1973『米軍と農民―沖縄県伊江島』岩波新書。

☆新崎盛暉、1996『沖縄現代史』岩波新書。

 

§メメント・モリ

☆田辺保、2002『パスカル 痛みとともに生きる』平凡社新書。

☆若月俊一、1971『村で病気とたたかう』岩波新書。

☆南木佳士、1994『信州に上医あり―若月俊一と佐久病院』岩波新書。  

 

§日本の“地識人(the wise on the street)”/“智識人(gens in cumscientia)”

☆小田実、1980『日本の知識人』講談社文庫。

☆山口昌男、2005『「挫折」の昭和史』岩波現代文庫。

☆山口昌男、2005『「敗者」の精神史』岩波現代文庫。

☆鶴見俊輔、2008 『期待と回想 語りおろし伝』朝日文庫。

 

§「安楽」と“未発の瓦礫(rovine nascenti, nascent ruins)”

☆藤田省三、2003『精神史的考察』平凡社ライブラリー。

☆藤田省三、1995『全体主義の時代経験』みすず書房。 

☆辺見庸、2006『いまここに在ることの恥』毎日新聞社。

☆辺見庸、1997『もの食う人びと』角川文庫。

 

§歩く学問/旅する学問/比較学

☆宮本常一、1984『忘れられた日本人』岩波書店。

☆宮本常一、1993『民俗学の旅』講談社学術文庫。

☆鶴見良行、1995『東南アジアを知る――私の方法』岩波新書。

☆鶴見良行、1993『ナマコの眼』 ちくま学芸文庫。

☆鶴見和子、1981『南方熊楠――地球志向の比較学』講談社学術文庫。

☆今和次郎、1987、『考現学入門』ちくま文庫。

☆赤瀬川原平・南伸坊・藤森照信 (編)、1986『路上観察学入門』筑摩書房。

☆川喜田二郎、1973『野外科学の方法―思考と探検』中公新書。

☆中園英助、2005『鳥居龍蔵伝-アジアを走破した人類学者-』岩波現代文庫。

 

§一橋の学問

☆阿部勤也、2007『自分のなかに歴史をよむ』ちくま文庫。

☆増田四郎、1994『都市』ちくま学芸文庫。

☆良知力、1993『向こう岸からの世界史』解説・阿部謹也、筑摩書房。

☆阿部勤也、2001『学問と「世間」』岩波新書。

☆野中郁次郎他、1984=1991『失敗の本質――日本軍の組織論的研究』中央公論新社。

 

§社会の学問

☆丸山眞男・加藤周一、1998『翻訳と日本の近代』岩波新書。

☆丸山真男、1961『日本の思想』岩波新書。

☆内田義彦、1985『読書と社会科学』岩波新書。 

☆大江志乃夫、1978『戒厳令』岩波新書。

 

§(智慧を希求する)哲学から

☆田中美知太郎、1957『ソクラテス』岩波新書。

☆中村雄二郎、1992『臨床の知とは何か』岩波新書。

☆中村雄二郎、1984『術語集―気になることば』岩波新書。

☆中村雄二郎、1977『哲学の現在―生きること考えること』岩波新書。

☆中村雄二郎、1997『術語集Ⅱ』岩波新書。

 


[Q9] 学部3~4年次で読んでほしい本をあげてください。

 

§教科書の形をとった本格的な作品

☆ピーター・バーク、森岡敬一郎訳、1986『社会学と歴史学』慶応通信。 

 残念ながら絶版となっていますが、社会史・文化史家によって書かれた本で、外側から「鳥の眼」で社会学を見るためにぜひおすすめの本です。

ジグムント・バウマン、ティム・メイ、奥井智之訳、2016『社会学の考え方〔第2版〕』ちくま学芸文庫。  

 現代を代表する理論家によって書かれた本で、社会学を内側から「虫の目」で見るためにぜひおすすめの本です。2002年ミラノでのメルッチさんの追悼シンポジウムでごいっしょさせていただきました。レセプションの食事会などでは、とても寡黙な方でしたが、シンポジウムでは、凛とした姿勢で報告をされました。

 

§フィールドワークによる本格的な作品です。

☆W.F.ホワイト、奥田道大・有里典三訳、2000『ストリート・コーナー・ソサエティ』有斐閣。

 社会学は、実際に現場にいき調査をして、見えない現実の実相を識る行動的な学問です。すぐれた社会学者は、自分がかかわった土地や人とのかかわりを一生大切にします。この本の著者ホワイトは、1930年代に「犯罪と疾病の巣窟、無秩序で危険なスラム」とされていたボストンのイタリア系コミュニティに入り込み、そこで暮らし、地域のひとの中で考え、博士論文をまとめました。この作品は、それ以後50年以上も読みつがれ、著者が若者から老人へと成長する中で、周囲からの批判や疑問に応える形で何度も書き直されてきた、社会学的調査研究の代表的な著作です。

☆ロバート・E・L・フェアリス、奥田道大・広田康生訳、1990『シカゴ・ソシオロジー : 1920-1932』ハーベスト社。

☆宝月誠・中野正大編、1997『シカゴ社会学の研究――初期モノグラフを読む』恒星社厚生閣。

☆N・アンダーソン、広田康生訳、1990-2000『ホーボー――ホームレスの人たちの社会学』ハーベスト社。

 このテーマで、まずなによりも必要なのは、「初期シカゴ学派」の歩みを識ることです。「『自分が見、聞き、考えた現実』を記録して行く調査研究者として、あるいは一人の人間として」、“虚仮の一念”とも“朴訥”とも言える学問スタイルを、ひとつの技芸(アート)へと昇華させていくための多重/多層/多面の道筋に出会わせてもらえます。

☆中川雅子、1996『見知らぬわが町―1995真夏の廃坑』 葦書房。

 後に同志社大学で社会学を学ぶことになる中川雅子さんは、高校生の夏、自転車と徒歩で「わが町」大牟田の廃坑に分け入り、強制労働の痕跡を“サルベージ(渉猟し、踏破し、掘り起こし、掬い/救いとる)”し、自らもまた台風被害による与論島からの集団移住者の末裔(ひ孫)であることを「発見」した。ここから『見知らぬわが町』、さらに『私を知らずニューブリテン島で戦死した祖父―手紙』(2011年,光人社)という作品が生まれました。「景観」の背後の“構造/情動(汗や想い)”を掬い取ることを通じての、自らの“背景(roots and routes)”への“探求型フィールドワーク(Exploratory Field Work)”への誘いとなる作品です。

☆ロバート・N・ベラー他、島薗進・中村圭志訳、1991『心の習慣』みすず書房

 社会学は、なかなか見えにくい社会の仕組みや個人の行動の原理を解明するときに力を発揮します。アメリカの社会学者R.N.ベラー達の共同研究の成果である本書は、アメリカのふつうのひとたちが無意識のうちに行動の指針としているところの「心の習慣」を探求した本としてぜひおすすめしたい一冊です。とくに付論の「公共哲学としての社会科学」は、社会学が社会的事実を明らかにすることを通じて、<社会の意味/社会で生きる意味を明らかにする>試みへとわたしたちを誘ってくれます。

☆鶴見良行、1988『辺境学ノート』 めこん。 

 こちらも残念ながら絶版となっていますが、古本で入手可能です。鶴見さんが、あとにつづく若いひとたちのために、ご自分のフィールドノーツを公開しました。スケッチなども含めた、臨場感にあふれるものです。わたしも1989年から1990年にかけてのサルデーニャ留学の際にこの本と『ストリート・コーナー・ソサエティ』を持っていきました。

 

§フィールドのなかで書くこと(writing in the field, writing while committed)」とかかわるもの

ジェイムズ・クリフォード、ジョージ・マーカス編、春日直樹他訳、1996『文化を書く』紀伊國屋出版

ロバート・エマーソン、リンダ・ショウ、レイチェル・フレッツ、佐藤郁哉・好井裕明・山田富秋訳、1998『方法としてのフィールドノート――現地取材から物語作成まで』新曜社

 

§リフレクシヴ・ソシオロジーとかかわる作品

☆ブルデュー、田原音和監訳、1991『社会学の社会学』藤原書店。

☆ブルデュー、加藤晴久訳、2010『科学の科学――コレージュ・ド・フランス最終講義』藤原書店。

☆ブルデュー、ジャン=クロード・シャンボルドン、ジャン=クロード・パスロン、田原音和・水島和則訳、1994『社会学者のメチエ ――認識論上の前提条件』藤原書店。

☆田原音和、1993『科学的知の社会学――デュルケームからブルデューまで』藤原書店。

☆ブルデュー、櫻本陽一・荒井文雄監訳、2019-2020『世界の悲惨(全3分冊)』藤原書店。

 社会学は、とてもリフレクシヴ(内省的・反射的)な学問です。わたしたちはよく、自分のことはさておき、他人のことについてはいろいろ好き勝手なことを言ったりします。しかし、実はこの、自分のものだと思っている考え自体が、社会的な影響を受けています。そういう自分の限界をふりかえりつつ、それでも声を発したり、行動したりするにはどうしたらいいのか。このテーマにつきあたる時、社会学という学問分野をこえて、しっかり内省しつつ行動し、社会そのものに大きな影響を与えたブルデューの著作にぜひ挑戦してみてください。『社会学者のメチエ』は、若き日のブルデューやパスロンの「俺たちはこんな社会学をやっていくのだ」という“願望と企図”の「宣言文(マニフェスト)」です。「コレージュ・ド・フランス最終講義」は、いわば「遺言/“固有の生の物語(biography)”」です。読む順番としては、「遺言」から「宣言文」をおすすめします。「エピステモロジー」については、田原先生の著作をおすすめします。メルレルさんのおでしさんかブルデューさんとパスロンさんのもとで学んでいたので、間接的によくお二人の話をきかせてもらいました。

☆C.W.ミルズ、伊奈正人訳)、2017『社会学的想像力』ちくま学芸文庫。

☆伊奈正人・中村好孝、2007『社会学的想像力のために―歴史的特殊性の視点から』世界思想社。

☆A.W.グールドナー、矢澤修次郎他訳『社会学の再生を求めて』新曜社,1978年/新原道信・奥山真知・伊藤守編2006『地球情報社会と社会運動―同時代のリフレクシヴ・ソシオロジー』ハーベスト社。

 アメリカ社会学の文脈におけるリフレクシヴ・ソシオロジーについては、まず何よりもミルズの名著をおすすめします。ミルズの社会学的想像力については、伊奈さんたちの本を副読本としておすすめします。そしてわたしの社会学の恩師である矢澤修次郎先生にとっての恩師であったグールドナーの主著も見ていただきたい本です。グールドナーの思想については、矢澤先生の記念本に集録した矢澤修次郎先生のインタビューをご参照ください。

☆新原道信、2007『境界領域への旅――岬からの社会学的探求』大月書店。

☆A.メルッチ、新原道信・長谷川啓介・鈴木鉄忠訳、2008『プレイング・セルフ――惑星社会における人間と意味――』 ハーベスト社 

 メルッチさんわたしもリフレクシヴ・ソシオロジーを“探究/探求”してきました。フィールワークの成果から、社会において起こりつつある個々の現実、その変化・変転に即して(passage)、そのなかから、《地域をこえる地域社会の現在を解読する方法》(社会の現実にふれる“かまえ”=理論)を「たたき上げ方式」で練り上げていった著作です。

☆向井豊昭、1996「下北半島における青年期の社会化過程に関する研究」『早稲田文学』1996年4月号、p.82-112。

 2008年6月30日に肝臓癌のために亡くなられた向井さんは、1933年東京に生まれ、下北半島で育ち、アイヌ・モシリの小学校で25年間働いた後、1995年に『BARABARA』で第12回早稲田文学新人賞を受賞しました。上記の作品は受賞第一作として『早稲田文学』に掲載されました。下北半島から東京にで出て来た男性が、神保町の古書店で、発見した論文のなかに、かつて「調査対象となった自分」を発見し、「一人の生徒」の人生が「学術論文の図表のひとつとして処理」されていること驚くのです。調査をする側とならざるを得ないみなさんにとっては必読の作品だと思います。 

 

§その他の参考文献

☆H.M.エンツェンスベルガー、石黒英男他訳、1989『ヨーロッパ半島』晶文社。

☆井上幸治、1991『歴史とは何か』藤原書店。

☆中井信彦、2001『歴史学的方法の基準』 塙書房。

☆R.マーフィー、辻信一訳、2006『ボディ・サイレント――病いと障害の人類学』平凡社。

 


[Q10] 先生の主な研究業績を5つほどあげて、その内容をご紹介ください。

 

 学部学生の頃に、すぐれた先輩たちから、「研究者というのは一生の間に出来ることは少ない。構想力という点で卒業論文や修士論文をこえることは出来ない。だから、出来るだけ根本的にテーマで書いて、その後、いつ何をするかを自覚しつつ、出来る範囲のことを出来るだけやっていくしかないよ」と言われました。ここから思考実験と試行錯誤をくり返していくことになりましたが、おおよそ三つの時期に分かれるかたちで、それぞれの時期の区切りとなる作品をつくらせてもらう機会をいただきました。

①試行/修行の時期:「自分は何者か、何をなすべきか」、それは「どんな意味があるのか」を考え、悩み、うごきまわっていた時期です。哲学の恩師にお声がけいただいた研究会で、ヘーゲルの『精神現象学』をひたすら読み、生身の思想と行動をつくるというテーマ(学問とは何か)で卒論を書きました。社会学者の研究会に参加させてもらった後、それまでの自分を手放し、組み直す(recompose/reassemble)ために、イタリアのサルデーニャへ留学しました。メルレルさんのもとで“旅/フィールドワークする社会学”を学び、つくりました。このときの体験をもとに、『ホモ・モーベンス――旅する社会学』(窓社、1997年)という本が生まれました。それ以外は、日本にもどらない覚悟で留学していたため、イタリア語で論文を書いていました。

 

②創発期:「何が問題か」「何をするか」の方向性をかためた時期です。メルッチさんとの出会いが大きかったです。在外研究の機会をいただき、ふたたびサルデーニャで暮らすなかで、自分がなすべき〈エピステモロジー/メソドロジー/メソッズ/データ〉が「立ち現れ」てきました。母親の精神病の悪化、自殺未遂と入院、父親とメルッチさんの死に直面するなかで、学会等での全方位的な活動や『現代思想』などでの言論活動を断念(断捨離)しました。しかし、生老病死とかかわる問題で、まったく自由がきかず、精神的にもうずくまっていたこの時期に、サルデーニャという社会文化的な境界領域からヨーロッパ・アジア・世界を見る『境界領域への旅――岬からの社会学的探求』(大月書店、2007年)という作品を紡ぎ出すことが出来ました。ここまでが、一研究者としては、「往路」にあたる時期だと思います。ここからは、「復路」あるいは、「晩年の様式を生きる(living in late style)」ことになったのだと思います。

 

③“思行(思い、志し、想いを馳せ、言葉にして、考えると同時に身体がうごいてしまっているという投企)”を始め、粘り、切り結び、手放し、また始め続ける時期:大学教員としてのキャリアの折り返し地点となる2010-2011年に在外研究を確保し、鳥居龍藏先生のスタイルへの移行を図りました。「私は学校卒業証書や肩書きで生活しない。私は私自身を作り出したので、私一個人は私のみである。私は自身を作り出さんとこれまで日夜苦心したのである。されば私は私自身で生き、私のシムボルは私である。のみならず、私の学問も私の学問である。そして私の学問は妻と共にし、子供たちとともにした」(鳥居龍蔵『ある老学徒の手記』岩波書店、2013年、p.467-468)とおっしゃいましたが、わたしもはじめて家族ともにフィールドに入るという経験をしました。そのなかで、『旅をして、出会い、ともに考える――大学で初めてフィールドワークをするひとのために』(中央大学出版部、2011年)を、今後の活動の海図(チャート)とするつもりで書きました。また、実際に歩いた場所であるサルデーニャのとしや地域、津々浦々も含めた全景把握の成果として、『世界地名大事典 ヨーロッパ・ロシア』(朝倉書店,2016年)のサルデーニャに関するすべての項目(56項目)を執筆しました。

 しかしながら、2011年3月11日、『境界領域への旅』で予見していた“瓦礫”は現実のものとなり、自らの至らなさを強く感じました。3月14日、家族とともに急遽イタリアから帰国し、本当に遅ればせながら、「いま直面している社会と人間そのものの“内面崩壊/亀裂”を考え、“書き/描き遺す”ことを始めたい」と考えました。脆弱で迂闊な生身の人間として、娘や学生に遺す言葉はあるか。「(分不相応に)学ぶ機会を与えられたものとしての使命」を考え、うごく。未熟で愚昧の若者に、惜しみなく与えてくださった得がたき先達との出会いへの感謝とともに、やり過ごし、やりっぱなしにしてきた多くの軌跡の記憶をいま呼び起こし、すべてのことを忘れずに(memento momenti 2011.03.11)、“想いを/あきらめない気持ちを持ち続ける力(power of idea)”をたずさえてやっていこうと強く思わされました。

 これまで何度も、智恵や献身を「寄せて集める」という骨折りをして、形骸化・瓦解・内面崩壊の果てに“組み直し”を繰り返してきましたが、チェコの劇作家で「ビロード革命」を牽引したV.ハヴェルが『力なき者たちの力』(人文書院、2019年)で言うように、身体のつづく限りは、「開かれ、ダイナミックで、小さいもの」となる必要がある智の「工房」をつくり続けて、そこから作品を生み出していこうと考えました。この時期から、自分だけでなく、他のひとたちとの協業を主眼とすることに意志と力を注ぎ、下記の共同作品をつくってきました。

(1)『“境界領域”のフィールドワーク――惑星社会の諸問題に応答するために』(中央大学出版部, 2014年)では、“多重/多層/多面”の境界区分の「変容」「超越」とともに,グローバル・イシューズが衝突・混交・混成・重合する「場所(luogo, place)」として“境界領域(cumfinis)”という概念を設定し、“惑星社会のフィールドワーク(Exploring Fieldwork in the Planetary Society)”の成果をとりまとめました。

(2)『うごきの場に居合わせる――公営団地におけるリフレクシヴな調査研究』(中央大学出版部, 2016年)では、「3.11以前よりすすめてきた“コミュニティを基盤とする参与的調査研究”と“療法的でリフレクシヴな調査研究”の組み合わせによるコミュニティでのフィールドワーク/デイリーワークの成果をとりまとめました。

(3)『“臨場・臨床の智”の工房――国境島嶼と都市公営団地のコミュニティ研究』(中央大学出版部, 2019年)では、メルレルとメルッチに共通するフィールドへの“臨場・臨床的な在り方(ways of being involved in the crude reality)”に基づき、イタリアのランペドゥーザ、宮古・石垣などの国境島嶼でのフィールドワークと、立川・砂川やイタリア・サッサリのサンタ・マリア・ディ・ピサ(Santa Maria di Pisa)地区などでの都市コミュニティの研究というフィールドワークの“対位法(punctus contra punctum, contrappunto, counterpoint)”、“対話的/対位的なフィールドワーク(dialogic and contrapuntal Fieldwork)” を通じて、地球規模の複合的諸問題に応答する“臨場・臨床の智”を探求しました。

(4)『地球社会の複合的諸問題への応答の試み』(中央大学出版部, 2020年) では、第27回中央大学学術シンポジウム「地球社会の複合的諸問題への応答(Responses to the Multiple Problems in the Planetary Society)」(2018年12月8日,於・中央大学駿河台記念館)の成果をとりまとめています。このシンポジウムの問題意識は,「地球規模となった現代社会で生起しつつある複合的問題の意味を理解し比較する学はいかにして可能か.異なるタイプの他者との相互理解,社会的痛苦の縮減を可能とする開発・文化・政治・経済・社会をどのように構想するのか」というものでした。「いま私たちがどこにいるのか、社会はどの地点にあるのか、地球社会の問題へのアプローチはいかにして可能か」「局所的なフィールドワークはグローバル社会の全景把握と構造認識いかなる寄与をもたらすのか」――ここから調査研究チームの根本的(da radice)かつ“対話的/対位的な問いかけ(dialogic and contrapuntal asking questions)” は,以下のようなものとなりました:

惑星としての地球の複合的諸問題に臨場・臨床的な在り方(ways of being involved in the raw reality)で応答する“共存・共在の智”――惑星地球をひとつの複合的な海として、社会をそのなかに浮かぶ島々として体感するような“智”――を、いかにして紡ぎ出すのか。地球の、他の生き物の、他の人間の“不協の悲鳴(le grida disfoniche)”、同時多発的に継続的に、表面上の「調和」「安定」を揺りうごかす叫び声を “感知し(perceiving/ sensing/ becoming aware, percependo/intuendo/ diventando consape- vole)”“感応する(responding/sympathizing/ resonating, rispondendo / simpatizzando / risonando)”ことを、いかにして可能とするのか。“惑星社会のフィールドワーク(Exploring Fieldwork in the Planetary Society)”はこの課題を引き受け/応答するものたり得るのか。そのためにはいかなる条件があるのか。                         

 


[Q11] これまでの研究業績(書籍、論文等)についてご紹介ください。


・単著

1)『ホモ・モーベンス――旅する社会学』(単著、窓社、1997年4月)269p.

2)『境界領域への旅――岬からの社会学的探求』(単著、大月書店、2007年7月)295p.

3)『旅をして、出会い、ともに考える――大学で初めてフィールドワークをするひとのために』(単著、中央大学出版部、2011年3月)212p.


・編著

4)『地球情報社会と社会運動――同時代のリフレクシブ・ソシオロジー』(共編著、ハーベスト社、2006年4月)435p.

5)『地域社会学講座2――グローバリゼーション/ポスト・モダンと地域社会』(共編著、東信堂、2006年5月)256p.

6)『“境界領域”のフィールドワーク――惑星社会の諸問題に応答するために』(編著、中央大学出版部、2014年3月)456p. 

7)『うごきの場に居合わせる――公営団地におけるリフレクシヴな調査研究』(編著、中央大学出版部、2016年3月)571p. 

8)『“臨場・臨床の智”の工房――国境島嶼と都市公営団地のコミュニティ研究』(編著、中央大学出版部、2019年3月)491p. 

9)『地球社会の複合的諸問題への応答の試み』(新原道信・宮野勝・鳴子博子編著、中央大学出版部、2020年1月)427p. 


・共著

10)『20世紀末の諸相――資本・国家・民族と「国際化」』(共著、奥村・田巻編、八千代出版、1993年4月)pp.35-73[285p].

11)『21世紀の都市社会学 第2巻 コミュニティとエスニシティ』(共著、奥田道大編、勁草書房、1995年9月)pp.261-298[302p].

12)『権力から読みとく――現代人の社会学・入門』(共著、藤田弘夫・西原和久編、有斐閣、1996年2月)pp.193-208[302p].

13)『自治体の外国人政策――内なる国際化への取り組み』(共著、駒井洋・渡戸一郎編、明石書店、1997年5月)pp.59-89[446p].

14)『社会学のよろこび』(共著、玉水俊哲・矢澤修次郎編、八千代出版、1999年12月)pp.145-174[256p].

15)『臨床社会学の実践』(共著、野口裕二・大村英昭編、有斐閣、2001年7月)pp.255-284[322p].

16)『複数の沖縄――ディアスポラから希望へ』(共著、西成彦・原毅彦編、人文書院、2003年3月)pp.408-430 [440p].  

17)『講座社会学 社会運動』(共著、矢澤修次郎編、東京大学出版会、2003年4月)pp.139-156[246p].

18)Identità e movimenti sociali in una società planetaria. In ricordo di Alberto Melucci,  Luisa Leonini (a cura di), Guerini, Milano, luglio 2003,pp.195-219[382p]. 

19)『ヨーロッパ統合の社会史』(共著、永岑三千輝・廣田功編、日本経済評論社、2004年2月)pp. 303-351[372p].

20)『リージョンの時代と島の自治』(共著、古城利明編、中央大学出版部、2006年3月)pp.397-430[442p].

21)『震災と市民2 支援とケア』(共著、似田貝香門・吉原直樹編、東京大学出版会, 2015年9月)pp.81-99[256p].

22)『サミット・プロテスト―グローバル化時代の社会運動』(共著、野宮大志郎・西城戸誠編、新泉社、2016年2月)pp.211-239[326p].

23)『現代人の国際社会学・入門――トランスナショナリズムという視点――』(共著、西原和久・樽本英樹編、有斐閣, 2016年5月)pp.184-203[332p].

24)『再帰的=反省社会学の地平』(共著、矢澤修次郎編、東信堂、2017年11月)pp.105-141[214p].   他

 

・翻訳

1)D.トレンハルト(宮島喬、丸山智恵子、高坂扶美子、分田順子、新原道信、定松文で共訳)『新しい移民大陸ヨーロッパ――比較のなかの西欧諸国・外国人労働者と移民政策』明石書店,1994年3月,pp.265-294[368p].

2)A.メルッチ「聴くことの社会学」『地域社会学会年報』Vol.13, 2001年5月,pp.1-19.

3)A.メルレル「“マイノリティ”のヨーロッパ――“社会文化的な島々”は、“混交、混成し、重合”する」廣田功・永岑三千輝編『ヨーロッパ統合の社会史』日本経済評論社,2004年2月,pp.275-301.

4)「ヨーロッパの一法学者から見た日本の封建制(抄訳)――E.R.アヴォンドのThe Documents of Iriki評-」朝河貫一(矢吹普訳)『入来文書』柏書房,2005年8月,pp.660-666[].

5)A.メルレル「世界の移動と定住の諸過程――移動の複合性・重合性から見たヨーロッパの社会的空間の再構成」新原他編『地域社会学講座2 グローバリゼーション/ポスト・モダンと地域社会』東信堂,2006年5月,pp.63-80.

6)A.メルッチ,新原道信・長谷川啓介・鈴木鉄忠訳 『プレイング・セルフ――惑星社会における人間と意味』 ハーベスト社, 2008年4月, 256p. 

7)A.メルッチ,新原道信訳「“痛むひと(homines patientes)”――社会学的探求」(新原道信「A.メルッチの“境界領域の社会学――2000年5月日本での講演と2008年10月ミラノでの追悼シンポジウムより」 『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学20号(通巻233号2010年)において訳出).

8)Merler Alberto e M. Niihara, 2011a, "Terre e mari di confine. Una guida per viaggiare e comparare la Sardegna e il Giappone con altre isole", in Quaderni Bolotanesi, n.37.   (=2014, 新原道信訳「海と陸の“境界領域”――日本とサルデーニャを始めとした島々のつらなりから世界を見る」新原道信編『“境界領域”のフィールドワーク――惑星社会の諸問題に応答するために』中央大学出版部)

9)Alberto Melucci, 2000, "Verso una ricerca riflessiva", registrato nel 15 maggio 2000 a Yokohama.  (=2014, 新原道信訳「リフレクシヴな調査研究にむけて」新原道信編『“境界領域”のフィールドワーク――惑星社会の諸問題に応答するために』中央大学出版部)  他

 

・事典・辞典

1)『事典 哲学の木』(永井均他編,講談社,2002年3月,pp.697-699)の「旅」の項目を執筆。

2)『キーワード地域社会学』(地域社会学会編,ハーベスト社,2000年5月,pp.112-113,pp.190-191)に編集委員として参加、「領域」「移動とアイデンティティ」を執筆。

3)『新版キーワード地域社会学』(地域社会学会編,ハーベスト社,2011年5月,pp.130-131,pp.216-217)に「領域」「移動とアイデンティティ」を執筆。

4)『現代社会学事典』(見田宗介他,弘文堂,2012年)に「バージェス」「マッケンジー」「メルッチ」を執筆。

5)『世界地名大事典 ヨーロッパ・ロシアIⅡⅢ』(竹内啓一・手塚章・中村泰三・山本健兒編集,朝倉書店,2016年3月、1232頁/1184頁/1264頁=3680頁)にサルデーニャに関するすべての項目(56項目)を執筆。

6)『社会学理論応用事典』(日本社会学会理論応用事典刊行委員会編集,丸善出版,2017/7/31,920ページ)に、「社会学的介入」(630-631)「未発の社会運動」(634-635)を執筆。

7)『都市科学事典』(都市科学事典編集委員会,春風社,近刊予定)に、領域群「2.空間と場所」 2-3-12 「出会いの場」としての都市」(32-33)を執筆。 他

 

・論文

1)“Sardegna e Okinawa: Considerazioni comparative fra due sviluppi insulari”,  in Quaderni bolotanesi, n.15, giugno 1989, pp.49­58。

2)“Alcune considerazioni sulla vita quotidiana e sul processo dello sviluppo. Confronto  fra   due processi: Giappone ­  Okinawa  e   Italia ­ Sardegna”, in  Il grandevetro, n.102, dicembre 1989, pp.31­33。

3)「小さな主体の潜在力――イタリア・サルデーニャ島の「開発・発展」をめぐって」季刊『窓』3号(窓社、1990年3月)pp.66­82。

4)「地域の内発的発展の先行条件に関する一考察――サルデーニャにおける『地域問題』把握の過程と知識人」『人文研究』 20号(千葉大学文学部、1991年3月)pp.27­64。

5)「統合ヨーロッパの内なる『島』と『群島』――イタリア・サルデーニャの移民が選択した協同への回路」『思想と現代』25号 (白石書店、1991年4月)。

6)「島嶼社会論の試み――「複合」社会の把握に関する社会学的考察」『人文研究』21号(千葉大学文学部、1992年3月) pp.151­179。

7)「ひとつのヨーロッパ・もうひとつのヨーロッパ――イタリアにおける“複合社会”論の展開が意味するもの」関東社会学会『年報社会学論集』5号(1992年6月)pp.155­164。

8)「沖縄の自立と内発的発展を考える――地中海島嶼社会との比較で」日本平和学会『平和研究』17号(早稲田大学出版部,1992年11月)pp.58­67。

9)“Un tentativo di ragionare sulla teoria dell'insularità.  Considerazioni sociologiche sulle realtà della società composita e complessa: Sardegna e Giappone”, in Quaderni bolotanesi, n.18, giugno 1992, pp. 177­191.

10)「イタリア社会の再発見――“混成社会”に関する社会学的考察」『人文研究』22号(千葉大学文学部、1993年3月)pp.1­22。

11)“Un itinerario nel Mediterraneo per riscoprire il Giappone e i giapponesi, Isole a confronto: Giappone e Sardegna”, in Quaderni bolotanesi, n.20, giugno 1994, pp. 71­83.

12)「『素人』の学としての沖縄関係学」 『沖縄関係学研究会 論集 創刊号』1995年5月pp.17-26.

13)“Gli occhi dell'oloturia."Mediterraneo insulare e Giappone”, in Civiltà del Mare, anno Ⅴ, n.6, giugo 1995, pp.13­16.

14)「地中海の『クレオール』――生成する“サルデーニャ人”」『現代思想』Vol.24­13, 1996年11月, pp8­17.

15)「“移動民(homo movens)”の出会い方」『現代思想』vol.25­1, 1997年1月,pp.212­218.

16)「沖縄を語るということ――地中海島嶼社会を語ることとの比較において」 『沖縄文化研究』23号,1997年3月,pp. 135-171.  

17)“Migrazione e formazione di minoranze: l'altro Giappone   all'estero  e gli‘estranei’in Giappone. Comparazioni col caso sardo”, in Quaderni bolotanesi, n.23, giugno 1997, pp. 195-206.

18)「Over Sea Okinawans・・・・・・それは境界をこえるものの謂である」川崎市文化財団『EGO-SITE 沖縄現代美術1998』1998年1月,pp.44-47.

19)「THE BODY SILENT ――身体の奥の眼から社会を見る」『現代思想』vol.26­2, 1998年2月,pp.243­257.

20)「境界領域の思想――『辺境』のイタリア知識人論ノート」『現代思想』vol.26­3, 1998年3月,pp.234­248.

21)“Difficoltà di costruire una società interculturale in Giappone”, in BETA, n.3, Tempio Pausania(Italia), giugno 1998, pp.16-18. 

22)「島への道――語り得ぬすべてのものを語るという試み」『ユリイカ』No.407, vol.30-10, 1998年8月,pp.160-169.

23)“Integrated Europe as Viewed from Mediterranean Island”, in T.Miyajima, T.Kajita & M.Yamada (eds.), Regionalism and Immigration in the Context of Europian Integration, JACAS Symposium Series No.8, The Japan Center for Area Studies - National Meseum of Ethnology, Osaka, July 1999, pp.63-69.

24)「『恐怖の岬』をこえて――サイパン、テニアン、ロタへの旅」『EDGE』No.9-10合併号,2000年3月, Spring, pp.16-19.

25)「生起したことがらを語るという営みのエピステモロジー」大阪大学『日本学報』No.20,March 2001,pp.79-87. 

26)「境界のこえかた――沖縄・大東島・南洋」立命館大学『言語文化研究』Vol.13-1,2001年5月, pp.57-60. 

27)「生という不治の病を生きるひと・聴くことの社会学・未発の社会運動――A・メルッチの未発の社会理論」東北大学『社会学研究』第76号,(2004年11月)99-133.

28)「『グローバリゼーション/ポスト・モダン』と『プレイング・セルフ』を読む――A.メルッチが遺したものを再考するために」『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学第18号(通巻223号),2008年3月,pp.139-158。

29)"Alberto Melucci: confini, passaggi, metamorfosi nel pianeta uomo", in atti del convegno:  A partire da Alberto Melucci …l’invenzione del presente, Milano, il 9 ottobre 2008, Sezione di Vita Quotidiana - Associazione Italiana di Sociologia, Dipartimento di Studi sociali e politici - Università degli Studi di Milano e Dipartimento di Sociologia e Ricerca Sociale - Università Bicocca di Milano, pgg.2-12.

30)「変化に対する責任と応答を自ら引き受ける自由をめぐって――古城利明とA.メルッチの問題提起に即して」『法学新報』115巻,9・10号,2009年3月,pp.697-722。

31)「境界領域のヨーロッパを考える――移動と定住の諸過程に関する領域横断的な調査研究を通じて」『横浜市立大学論叢 人文科学系列』60巻3号,2009年3月, pp.137-167。

32) 「A.メルッチの“境界領域の社会学”--2000年5月日本での講演と2008年10月ミラノでの追悼シンポジウムより」 『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学20号(通巻233号),2010年3月,pp.51-76。

33)"I servizi socio-educativi in Giappone: una comparazione", in atti del convegno: Sistema formativo e servizi socio-educativi per le famiglie, per le scuole, per le comunità, Sassari, il 15 luglio 2010, Laboratorio FOIST per le Politiche Sociali e i Processi Formativi con il patrocinio di Sezione di Sociologia dell'educazione e Sezione di Politica sociale - Associazione Italiana di Sociologia, Università degli Studi di Sassari, pgg. 1-7.

34)「A.メルッチの『時間のメタファー』と深層のヨーロッパ――『フィールドワーク/デイリーワーク』による“社会学的探求”のために」『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学21号(通巻238号),2011年3月, pp.27-65。

35)「“境界領域”のフィールドワーク――サルデーニャからコルシカへ」『中央大学社会科学研究所年報』15号,2011年7月,pp.1-24。

36)"Terre e mari di confine. Una guida per viaggiare e comparare la Sardegna e il Giappone con altre isole", in Quaderni Bolotanesi, n.37, 2011,pgg.35-43.

37)"Le migrazioni giapponesi ripetute in America Latina", in Visioni Latino Americane, Rivista semestrale del Centro Studi per l'America Latina, Anno III, Numero 5, Luglio 2011, pgg.32-38.

38)「出会うべき言葉だけを持っている――宮本常一の“臨場・臨床の智”」『現代思想 総特集=宮本常一 生活へのまなざし』vol.39­15,2011年10月,pp.158-169。

39)「現在を生きる『名代』の声を聴く――“移動民の子供たち”がつくる“臨場/臨床の智”」『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学22号(通巻243号),2012年3月, pp.69-96。

40)「“境界領域”のフィールドワーク(2)――カーボベルデ諸島でのフィールドワークより」『中央大学社会科学研究所年報』16号,2012年7月,pp.67-98。

41)「“惑星社会の諸問題”に応答するための“探究/探求型社会調査”――『3.11以降』の持続可能な社会の構築に向けて」『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学23号(通巻248号),2013年3月, pp.47-75。

42)「“境界領域”のフィールドワーク(3)――生存の場としての地域社会にむけて」 『中央大学社会科学研究所年報』17号,2013年7月, pp.1-19。

43)「A.メルッチの『限界を受け容れる自由』とともに――3.11以降の惑星社会の諸問題への社会学的探求(1)」『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学24号(通巻253号),2014年3月, pp.41-66。

44)「A.メルッチの「創造力と驚嘆する力」をめぐって――3.11以降の惑星社会の諸問題に応答するために(1)」 『中央大学社会科学研究所年報』18号,2014年7月, pp.53-72。

45)「『3.11以降』の惑星社会の諸問題を引き受け/応答する“限界状況の想像/創造力”――矢澤修次郎、A.メルッチ、J.ガルトゥング、古城利明の問題提起に即して」『成城社会イノベーション研究』第10巻第1号,2015年1月,pp.1-21。

46)「“未発の状態/未発の社会運動”をとらえるために――3.11以降の惑星社会の諸問題への社会学的探求(2)」『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学25号(通巻258号)2015年3月, pp.43-68。

47)「“受難の深みからの対話”に向かって――3.11以降の惑星社会の諸問題に応答するために(2)」 『中央大学社会科学研究所年報』19号,2015年8月, pp.69-110。

48)「A.メルッチの“未発の社会運動”論をめぐって――3.11以降の惑星社会の諸問題への社会学的探求(3) 」『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学26号(通巻263号)2016年3月, pp.113-130。

49)「『うごきの場に居合わせる』再考――3.11以降の惑星社会の諸問題に応答するために(3)」『中央大学社会科学研究所年報』20号,2016年9月, pp.15-32。

50)「A.メルレルの“社会文化的な島々”から世界をみる試み――“境界領域の智”への社会学的探求(1) 」『中央大学文学部紀要』社会学・社会情報学27号(通巻268号)2017年3月, pp.73-96。

51)「“うごきの比較学”にむけて――惑星社会の“臨場・臨床の智”への社会学的探求(1)」『中央大学社会科学研究所年報』21号,2017年9月, pp.67-93。

52)新原道信「“うごきの比較学”から見た国境地域――惑星社会の“臨場・臨床の智”への社会学的探求(2)」『中央大学社会科学研究所年報』22号,2018年9月, pp.15-31。

53)新原道信「コミュニティでのフィールドワーク/デイリーワークの意味――惑星社会の“臨場・臨床の智”への社会学的探求(3)」『中央大学社会科学研究所年報』23号,2019年9月, pp.23-59。 

54)新原道信「願望のヨーロッパ・再考――「壁」の増殖に対峙する“共存・共在の智”にむけての探求型フィールドワーク」『横浜市立大学論叢 社会科学系列』71 巻2 号,2020年2月, pp. 145-166。  

55)新原道信「“惑星社会のフィールドワーク”の条件――惑星社会の諸問題に応答する“うごきの比較学”(1)」『中央大学社会科学研究所年報』24号,2020年9月, pp.127-160。     他

 

・学会活動・社会活動

日本社会学会国際交流委員、地域社会学会理事・編集委員・研究委員・学会賞選考委員、都市社会学会編集委員・国際交流委員・学会賞選考委員、科研費の審査委員、文部科学省の審議会専門委員、横浜市海外交流協会/神奈川県社会福祉協議会/平塚市社会福祉協議会/神奈川県国際交流協会/横浜市国際課で各種の委員会の座長など。

 

・海外における研究・教育活動(研究滞在・招待講演・特別講義など)

サッサリ大学に留学(1988~89年)と在外研究(1994-1995年度、2010-2011年度)。サッサリ大学では、客員教授として、通常講義(1994-1995年度、2010-2011年度)、集中講義(1996年度、1997年度)、博士論文審査委員会委員(2009-2010年度、2010-2011年度)、大学院入学審査委員会委員(2010-2011年度)。イタリアの地域研究・国際交流の研究組織FOIST/INTHUMの海外メンバー、ヨーロッパ・イタリアにおけるラテンアメリカとひとの移動に関する学術雑誌Visioni Latino Americaneの科学委員会(consiglio scientifico)委員など。ミラノ、トレント、サッサリなどの国際シンポジウムで招待講演、サッサリ大学、ミラノ大学、ミラノ・ビコッカ大学、トレント大学、トリエステ大学、ローマ大学、ナポリ大学(以上、イタリア)、ミッドスウェーデン大学、ストックホルム大学(スウェーデン)、サンパウロ大学、フルミネンセ大学、リオデジャネイロ大学、ヴイトーリア大学(ブラジル)、済州大学(韓国)、リスボン新大学、アゾレス大学(ポルトガル)、ヘルシンキ大学(フィンランド)、カーボベルデ大学(カーボベルデ)、コペル大学(スロヴェニア)、マカオ大学(マカオ)等で講義・セミナー・特別講義など。

 


[Q12] 高校生や大学生に向けてメッセージをお願い致します。

 

 2020年4月、新入生に向けて以下のメッセージを発信しました: 

いま私たちは、“見知らぬ明日(unfathomed future)”を生きています。実はすでにあった現代文明の脆弱さが、コロナウィルスによって試されています。このようなときこそ、自分の横にいる生身のひとたちそして自分自身の身心の声を聴いてください。どこかにある「答え」を探すのでなく、いままで学んできた智を総動員して、「答えなき問い」に応えてくれることを願っています。

https://www.chuo-u.ac.jp/academics/faculties/letters/major/sociology/news/2020/04/48744/

 

 2011年3月、みなさんの先輩は、卒業式をすることなく卒業していきました。それ以降、放射能を含んだ水は地球上を循環し、私たちの身体に蓄積され、とりわけ生まれ来る子どもたちに影響を与え続けています。そして、2020年3月もまた、みなさんの先輩は、卒業式をすることなく卒業していきました。

 いまみなさんは、たいへんな不安やストレス、疲労感のなかで暮らしていることと思います。「突然、出現したウイルス」への特効薬(ワクチン)もなく、いつ「収束(解決)」するのかもわからず、見えない相手に脅える日々が続いています。いままではたいして気にもしなかった「ちょっとした不具合・不調(piccoli mali, minor ailment)」(メルッチ)であっても、「突然、重症化するかもしれない」「目の前にいる他人のみならず、家族や友人が、実は『感染者』かもしれない」「ドアノブや手すり、つり革、スーパーのお総菜や紙幣、ありとあらゆるヒトやモノが危険だ」――そんな感覚に襲われ、不信のなか、いままであまり見なかったニュースをチェックしています。そこでは、デマも飛び交い、「コロナ差別」も増大し、家庭内でのストレスやケンカ、虐待が増大しています。

 ついさきほどまで、私たちは、インターネットをはじめとした各種のメディアを通じて実に容易に、この世界を「知る」ことが可能だと思っていました。たとえば、あなたは、南太平洋に浮かぶ「常夏のリゾート」で暮らす人々の映像、ヨーロッパの美しい都市の街並みや「すてきなお店」、あるいは、「アジアやアフリカで」親や夫を殺された裸足の女性や子供達の映像などを、自分の部屋のソファでスナック菓子を食べながら見ることが出来ていました。今回の「コロナウイルス」も、最初は、「中国の武漢」からの映像でした。そのうち、ヨーロッパやアメリカ、そしてクルーズ船の映像などに変わり、いつの間にか、「休校」「出入禁止」「医療崩壊」「緊急事態宣言」「大恐慌以来の景気後退」と変わってきています。すぐそこまで来ているかもしれないという不安の一方で、なかなか実感がわいてこない、「いろいろ考えなきゃ」と思いつつも、ものすごい量のニュースやメール、SNSへの対応だけで一日が過ぎていってしまいます。

 紀元前429年も古代ギリシア・アテナイの伝染病から、14世紀ヨーロッパの「黒死病」、1492年以降の「新大陸」における先住民の大量死と文明の崩壊、19世紀前半ヨーロッパの都市で露呈した「社会の病」、20世紀前半に「スペイン風邪」と呼ばれた「パンデミック」等々――これまでの歴史においても、大きな感染症は、震災や津波など同じく、社会を大きく変えてきました。歴史から学ぶなら、おそらく、ついさきほどまで享受してきた日常がもどるはことなく、私たちは、“見知らぬ明日(unfathomed future)”を生きていくことになるのかもしれません。

 2002年11月の中国SARS、2012年9月中東のMERS(Middle East respiratory syndrome)などの「重症急性呼吸器症候群=SARS(Severe acute respiratory syndrome)」、2009年新型インフルエンザウイルスの感染拡大など、歴史のなかでこれまで見られなかったほどの短い間隔で感染症が発生し、地球規模での感染拡大がきわめて短期間に起こっています。感染症の拡大は、近現代の人間の活動がもたらした「異常気象」、その背後にある生態系の無秩序な破壊、野生動物の生物圏への「侵略」と無縁ではありません。疫学的な病だけでなく、悪性腫瘍や身心の病、他者への不信や無関心、差別・暴力などの「社会の病」ともむすびついています。この点について、前出のメルッチさんは、死の1年前、このような言葉を遺しました。

 

いまやカタストロフは、単に自然の問題ではない。単に核の問題でもなく、人間という種そのものが直面する、生体そして関係そのもののカタストロフとなっている。いわゆる「先進社会」のより先端部分で暮らすひとたちの半分が「悪性新生物(腫瘍)」という異物によって死ぬ。さらにその半分は、心疾患で死ぬ。これはまさに、現代社会のシステムがそこに暮らすほとんど四分の三の人々の生体に社会的な病をもたらすという「劇的な収支決算」となっている。この個々の生体のカタストロフという面から現代社会をとらえなおさねばならないと私は確信している。まだ多くのひとによっては語られていないことなのかもしれないが、この“生体的関係的カタストロフ”は、まさにより深く根本的なものだ。

 

 このような、あまり見たくもない、考えたくもない、しかし、眼前に迫ってきた、おそらく根絶・排除することは出来ない問題との辛抱強いつきあい方、様々な「カタストロフ」が繰り返し多発する社会を生きていくためにはどうしたらよいのでしょうか。

 1986年4月26日の「チェルノブイリ」、2011年の「3.11」で放出された放射能、「たった一度の失錯/失策」の産物は、その後、ほとんど消失することなく地球と私たちの身体を汚染し続けています。これと同じく、人間がまだ免疫をもたないウイルスは、この惑星に残存し続け、繰り返し感染の「波」がやって来ます。「宇宙船地球号(Spaceship Earth)」のどこにいても、すべての人々、とりわけ社会的に弱い立場を生きざるを得なかった人々のもとに、「パンデミック」の「厄災」が押し寄せます。どんなに扉を閉め、「封鎖」しようとしても、完全に押しとどめることなど出来はしません。

 最初は「対岸の火事」で始まり、その“他人事(not my cause, misfortune of someone else)” は、「中国からヨーロッパやアメリカに転移したが、日本は無事だ」と思った、あるいはそうあってほしいと願ったけれど、不条理な「厄災」は、ひたひたと、きわめて急速に、自分に迫ってきました。私たちは、“選択的盲目(現実から目をそらす性向)”、“故意の近視眼(intentional myopia, 意図的に目を閉ざし生身の現実に対して心に壁をつくる性向)”による場当たりの反応(reaction)、あるいは“没参加(dissociate/disengage oneself)”から“忘我・自失(raptus)”のなかで、臨場感を喪失したまま、佇みつつ、よどみつつ、右往左往し続けています。

 実はすでにあった「想定外」に対する現代文明の脆弱さが、「コロナウイルス」によって試されているだけなのかもしれません。人間も含めたすべての生物ともに、微細な構造体であるウイルスは存在し続けました。惑星の隅々まで開発の力が及んでいき、ヒトやモノの移動、迅速かつ大量となるなかで、つまりは社会そのものの根本的なモビリティの変化によって、必然的に生起し勃発した出来事です。

 密集と移動が極大化したグローバル社会の帰結として、歴史上、体験したことのない速度での「パンデミック(語源的には、ギリシア語のpandemos 、つまりは、すべての[pan]、民衆:[ demos]が直面する事態)」が起こっているということです。仮想現実により、対面することを減じることに成功したグロ-バル社会は、密集して対面するヒトからヒトへの感染によって急速に拡散し、孤絶し閉塞する個々人が、インターネット上でかろうじて自らを「つなぎとめる」という何重にも皮肉な現象が起こっています。

 惑星地球というひとつの「船(Spaceship Earth)」の内側で、あっという間にひとつの出来事の影響が伝播してしまう社会、「他人事」などない“惑星社会(planetary society)”を私たちは生きているのです。

 いま私たちは、自らの社会がつくり出した“見知らぬ明日(unfathomed future)”を生きています。「チェルノブイリ」や「3.11」がそうであったように、「新型コロナウイルスによる疾患(COVID-19, Coronavirus disease 2019)」を「きっかけ(trigger)」として、すでに在った“惑星社会の複合的問題(the multiple problems of the planetary society)”を顕在化させました。問題は「解決」という「型」に馴染むことのないジレンマ、アポリアとして、ずっと私たちにつきつけられていきます。“見知らぬ明日”をこれからずっと生きていくことになるのです。思えば、「明日」はわからないというのはあたりまえのことです。しかし、どこかでわたしたちは、「想定」可能な「明日」がある社会を前提としていて、あたりまえの「想定外」が顕在化したとき、あまりにも無力な自分たちに気付かされているのかもしれません。「想定」可能な「明日」のなかで「模範解答」を出すことのできるひととはことなるひとたちが力を発揮していくのかもしれません。

 いまわたしたちは、自分の/周囲の人間の感染を恐れ、他者と接する暮らしを喪失しつつあります。親しいひとに対面することも、ふれることも出来ない、この不条理な日常のなかで、何をするのか?いかにことに臨むのか?この“見かけ倒しの拙速社会(fictitious and rapid society)”において、誰かに「丸投げ」できず、逃げる場所もなく、「大丈夫」と言い聞かせても意味がないという事実になんとか向き合いつつ、どのように「答えなき問い」に応えることが出来るのか?

 わたしは、あえてこう言いたいと思います。パンデミックは、すでにあった社会構造の脆弱さ、「闇」と「病み」、そのなかでのかすかな希望を顕在化させもするはずだと。

 “見知らぬ明日”に対して「専門性」をもった知的認識としては「困難だ」「無理だ」という「状況・条件」下で、か弱い生身の人間として、ささやかな応答を試みるということ。解決困難な「パンデミック」、「封鎖」の不可能性、この惑星規模の社会で、疫病を「封鎖」しようとして内側から崩壊していった古代アテネやローマから現代へとつらなる諸文明を想起しつつ、いま現に、リアルに起こっている“生身の現実” を“感知/感応”し、応答することを試みたいと思うのです。

 「9.11」の翌日の2001年9月12日に、白血病で夭逝したメルッチさんは、こんな言葉を遺してくれました:

 

謙虚に、慎ましく、自分の弱さと向き合い、おずおずと、失意のなかで、臆病に、汚れつつ、貧相でも、平凡でも、普通の言葉で、ゆっくりとした動きのなかで、“臨場・臨床の智”を私たちの身体に染みこませていこう。そのためには、私たちの存在のすべて、個性のすべて、身体のすべてを賭けて、具体的な生身の相手とかかわりをつくるしかないのだよ。

 いま「出会ってしまった」“生身の現実(realtà cruda, raw reality)” から逃げ出すことも出来ず、かといって「問題解決」のあてもなく、その場にたたずみ、それでも何らかの“責任/応答力(responsibility)”を発揮しようともがいている――そんな「ごくふつうの人間(ordinary simple people)」として、「亡命」や「離脱」はできない閉じられた惑星社会のなかで、私たちはプレーし続けるしかありません。

 何を? 小さなことをこの惑星社会の異なる場でやり続けることです。

 どのように? 立ち止まり、よく見て、耳を澄まし、現実にふれ、考えることでしか突破できないものがあると信じようとしつつ、“端/果て”から、“低きより(humilityをもって、humbleに、高みから裁くのでなく、地上から、廃墟から)”という在り方(ways of being)で身心をうごかすのです。

 たとえば、カミュの『ペスト』やボッカチオの『デカメロン』などの文学作品から学ぶこと。たとえば、アメリカから発生し、何度かの感染の「波」がやって来るなかで、強毒化していった「スペイン風邪」と呼ばれた1918年から1920年の「パンデミック」のような歴史的事実から学ぶこと。たとえば、電車のつり革をさわった後に、消毒することなくパンを食べたりしないこと、パックに入った惣菜を買う場合は必ず表面を消毒するといった所作を身につけること。最悪の事態を想定し、Prepare for the worstの姿勢で日常を“組み直す(ricomporre, recompose)”こと、「小さなこと」ことから始めること、それをデイリーワークとして、寡黙に愚直に続けることです。

 2020年度のすべての授業は、このような問題意識に基づき行っています。誰にとっても、はじめてのことですので、協力しつつやっていきたいと思います。どうか、まず、自分の横にいる生身のひとたち、そして自分自身の身心の声を聴いてください。どこかにある「答え」を探すのでなく、いままで学んできた智を総動員して、「答えなき問い」に応えてくれることを願っています。 

 

君の息子が炎に包まれていたら、君は彼を助け出す事だろう……もし障碍物があったら、肩で体当たりをするために君は君の肩を売り飛ばすだろう。君は君の行為そのもののうちに宿っているのだ。君の行為、それが君なのだ……君は自分を身代わりにする……君というものの意味がまばゆいほど現れてくるのだ。それは君の義務であり、君の憎しみであり、君の愛であり、君の誠実さであり、君の発明だ……人間というものはさまざまな絆の結節点にすぎない、人間にとっては絆だけが重要なのだ。 [この言葉は、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(Antoine de Saint‐Exupéry 1900-1944)の『戦う操縦士』という本の一節です。M.メルロー=ポンティ著、竹内芳郎・木田元・宮本忠雄訳『知覚の現象学 2』(みすず書房、1974年、375-376頁)より訳文をいただきました。というのは、この一節を、フランスの哲学者M.メルロー=ポンティ(1908-1961)は、主著『知覚の現象学』の最後尾でわざわざ引用したからです。そして、『知覚の現象学』は、アルベルト・メルッチ(1943-2001)さんの愛読書でもありました。だから、この文章の最後尾もまた、サン=テグジュペリ、メルロー=ポンティ、メルッチさんへの敬意と哀悼の気持ちをこめて、この人間の“拘束/絆”とかかわる言葉でしめくくりたいと思います。]

 

2020年4月12日[8月30日に加筆] 新原道信拝

  

 

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