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推し活化する社会の果て 選挙の推し活化(山田昌弘)
今後、日本社会を理解するためには、「推し活」と「AI使用」がカギを握ると考えています。この二つの流れが、仕事においても、家族においても、現代社会を大きく変える要素になると予測してます。これから社会に出ていく学生のみなさん、この二つの流れを的確に理解し、適応していってくださいね(私はもう、引退直前ですから、外でこの動きを観察してきたいと思います)。
今回は、選挙の推し活化について述べてみたいと思います。
今年2月の総選挙では、高市首相率いる自民党が圧倒的勝利を収めました。私は、日経新聞2月10日朝刊のコメントで述べたように、その裏には、日本社会の「推し活化」があると考えています(ちなみに、このコメントは投票日前に自民党勝利を前提にインタビューをうけたもので、結果が違えば差し替えになっていたものですが)。紙面で十分展開できなかったものをここに書いておきます。ロジックは、昨年書いた東洋経済オンラインの論考「選挙の推し活化と希望格差社会の因果関係(https://toyokeizai.net/articles/-/852153?display=b)」とほぼ同じですので、興味ある人は参照してください。
従来の政治社会学では、選挙は、個人とその家族が所属すると思う基本的な集団、仲間、例えば、業界団体、町内会、労働組合、宗教組織、イデオロギー組織などが推薦する候補に投票するといわれてました。だから、支持政党の最大の説明要因は、(夫の)職業だったのです。候補者や政党は、その組織の利益を代表してくれるという意識で、投票していました。そして、1990年ごろまではほとんどの人(とその家族)は、基本的な集団に所属意識があったとかんがえられます。
しかし、伝統的な集団が衰退すると、社会学的に言えば「個人化」が起こります。また、ミルズが言ったように、「脱イデオロギー」社会になったので、特定のイデオロギーにこだわる人も減ってきます。選挙でも、特定の支持団体が推す候補者ではなく、自分が考えて、その都度、候補者、政党から選ぶという人が増えています。これを「無党派層」といってもよいでしょう。
本来の理想的政治は、自立した個人は、将来の社会をよくするという観点で投票するはずだ、というものを前提にしていましたが、そうはならず、選挙の推し活化が進行しているようです。
「推し活」とは、「推しを応援し楽しむために行う活動」とされます。ちなみに「推し」は、「応援する対象、その対象の夢や目標を「達成」するために、こちらも努力を惜しまずに協力したいと思わせる対象」と定義されます(小出祥子編『オタク用語辞典:大限界』9-10頁)。本人の夢や目標ではなく、推しの人物の夢や目標の達成を目標にする。そして、応援に対する見返りを求めないところが重要な点です。
活躍度を目に見える形にしたのが、AKB総選挙だったと思います。自分が応援しているアイドルを押し上げるために、CDを買って応援する。アイドルの得票が多いこと自体が推している人の幸せになる。
そして、それが現実の政治に登場します。その端緒が2024年の7月の①東京都知事選挙における石丸氏の健闘でした。そして、同年の衆議院選挙、昨年の参議院選挙における国民民主党と参政党の躍進、斎藤兵庫県知事の再選と続き、その総決算と言うべきなのが「サナエ推し」、つまり、今年の2月の総選挙での「自民党」の圧勝だと思います。
その背景には、各党の政策にほとんど差が無い、つまり、誰が当選してどの党が政権を取ろうが、自分の生活にほとんど影響はないと思っているということがあります。ほとんどの政権が、物価高対策、消費税減税を挙げているのもわかります。
その結果、まさに、初の女性総理としてイメージのよい高市首相がいる自民党の箱推しというかたちになったのです。
日経新聞では、「政党はタレントを育成、演出する芸能プロダクションのようになりつつある」と締めましたが、まさに、自民党は「高市早苗」を発掘し、演出し圧勝したのでしょう。そして、今回も健闘した「参政党」は、地域社会で地道に「ファンクラブ」作りをしています。スローガンに共鳴する人が、その友達をつれてきて、ファンにしてしまう。勝っても負けても、ファン仲間は結束するのです。一種の仲間作りなのです。ファンを増殖させることにある程度成功しています。
一方、俄作りの中道改革党は、「推される要素」、ワクワクを喚起する要素がまったくと言っていいほどなかった。党首の魅力もなければ、スローガンもあたりまえ。
今後、政治がどう展開するのかわかりませんが、各党が「推し活競争」になっていく気がしてなりません。それが日本にとってよいことなのかどうか、若い皆さん方、よく判断していただければうれしいです。
初出:山田昌弘「推し活化する社会の果て 選挙の推し活化」『中央社会学』第35号、中央大学社会学会、2026年、218-219頁
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