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記事2026.05.09

ままならない病いの身体を生きる(天田城介)

 全くの私事を書いて恐縮だが、この数年、私にとって小さくない出来事が折り重ねるように続いている。もちろん、それまでも幾重にも深い苦悩と葛藤を経験する出来事や言葉にならない永別はあったが、複数の出来事が偶発的かつ同時に立ち現れている。

 2023年7月、昵懇の仲であった社会学者が帰らぬ人になった。2024年3月、私に「問い」を立てるという行為を通じて感受される世界について教えてくださった恩師を失った。2024年5月、連れ合いが後縦靭帯骨化症という難病と診断され、難病を生きる当事者の家族という立場を経験する。そして、私自身、2025年3月中旬に人間ドックを受けたところ、至急、東京女子医科大学病院にて精密検査をするように促され、2025年4月上旬に当該病院で腎細胞がんと診断された。その後、5月中旬に当該病院にて手術支援ロボット「da Vinci(ダビンチ)」を用いた腎部分切除術手術を受けた。幸いにも、入院は3泊4日という驚異的に短期間で済み、即帰宅、退院後1週間で職場復帰した。しかしながら、その後も当該病院などで定期的にいくつもの検査を受けることを余儀なくされている状況だ。

 自らが病いの経験をし、つくづく痛感したのは自ら専門とする「医療社会学」で描かれてきた分析は概ね間違ってないにせよ、かなり解像度の低い、病いをもつ当事者やその家族に関して粗っぽい記述であるのではないかということだ。もちろん、病いを経験するにしてもその疾患によって原因も病状も治療も予後も異なるし、各々の置かれている文脈も状況も全く違うがために、「三者三様」「十人十色」「百人百様」「千差万別」にならざるを得ないのだが、少なくとも私自身の病いの経験や、日常において言語化し難い私の喪失の経験や家族に沿う経験を的確に分析・記述した社会学の言葉は見当たらなかった。特に、病いを生きることで感受する世界を鮮やかに描出する視座がないことを強く認識した。

 Chat GPTを用いれば、この経験はそれなりに描き出せるのかと興味本位で出力させてみたが、「がんの診断・治療を通じた自己身体の管理統制化」「日常の自らの身体の違和感が何らかの兆候として感受されてしまうような医療化」「患者やサバイバーとして経験せざるを得ない役割変化」「病いというキャリアを生きざるを得ない軌跡」「病いの経験をもつことによって変容した病いという現実の切迫感」「自らの身体を管理する主体であると同時に、常に不安を抱え込まざるを得ない主体」「病いの経験を通じて感受されていく「健康/病気」「正常/異常」「生/死」の境界線のゆらぎ」「病いの経験を通じて分析者という立ち位置の再編プロセス」といった文言が画面を覆った。え~と。う~ん。そこそこ正しくもあるが、やはり病いを生きることで感受する世界を鮮やかに描出するものではない。

 そんなモヤモヤを抱えながら、1960年生まれのNHKディレクターであった坂井律子が死の直前まで綴った『〈いのち〉とがん—―患者となって考えたこと』(岩波新書、2019年2月)を手に取る。膵臓がんの告知から2年2か月が過ぎ、2度の手術、2度の再発、その間ずっと続けてきた化学療法とその副作用との闘いの中で、そして祈りを込めた化学療法さえも効果が見られなくなった只中で、彼女は漢詩の「西の方、陽関を出づれば故人無からん」を引きながら、「がんの国も私にとって「陽関の西」なのではないか?風景が一変する世界。(中略)孤独も感じる初めての場所である。しかし、暮らし始めれば、その土地の歴史に興味がわき、自然に惹かれ、風習の一端に触れる。初めはとりつくしまのなかった人とも言葉を交わし、時には酒を飲み、ともに出かけるようにすらなる。(中略)がんの国には、希望して来たわけではない。しかし、新たなことを教えてくれる人、助けてくれる人との出会いがあった」(坂井 2019:194)と記す。と同時に、「死はそこにある。そして、思わないでいいと考えなくていいと言われても、考えてしまい、思ってしまう存在なのだと思う。だからこそ、怖くて、考えたくなくて、消えてほしい、その存在が消えてほしい。けれども、そこにあるまま、そして受け入れることができないまま、それでもいいのではいかと思って、最後まで生き続けるしかないのではないだろうか」(坂井 2019:218)と言葉にするのだ。

 生老病死の身体、とりわけ病いの身体はそのままならなさゆえ、否応なく/余儀なくそのように生きざるを得ない身体ゆえ、なぜと問うても口を真一文字に結びながら空を見つめるしかない徹底して受動的な身体ゆえ、自らでは制御困難であり、その意味で他者化していく病いを生きる身体ゆえに、まさにそのままならない身体を通じて私たちはかつての時間と場所では邂逅することがなかった他者とのコミュニケーションを介して、またそこで感受される万象こそが私たちを支えることを通じて、私たちはそのままならない身体を生きる主体として立ち現れていくのではないか。だからこそ、時として、病いの世界は「陽関の西」のように感受されながら、と同時に、それを感受することで立ち現れる主体において死は消えてほしいを切望しながらも、受け入れることができないまま、最後まで生き続けるほかないこととして私たちの現前に常に現れていくものなのではないか。

 病いを経験することはどこか「問いを立てること」に似ているように思う。問いは、まさに私たちをそれまでの自らが生きてきたのとは別様な世界の中に引き込むことで徹底して思考することを求めてくる。問いは、それまで自らが安穏と暮らしてきた世界での問い方・生き方・あり方とは遠く離れた別様な世界に私たちを連れだしてしまう。そして、私たちはそんな問いの只中で他者とのコミュニケーションを介して「問う主体」として立ち上がっていく/立ち上げられていく。病いの経験もまた私たちを別様な世界に引き込むこと/余儀なくすることで私たちにそれまでとは異なる問い方・生き方・あり方を立ち上げていく。そして、だからこそ、私たちの主体が立ち上がっていくのであろうが、であるゆえ、私たちは最後まで生き続けるほかないものとして献じざるを得ないのではなかろうか。


坂井律子.2019.『〈いのち〉とがん――患者となって考えたこと』岩波新書.



初出:天田城介「ままならない病いの身体を生きる」『中央社会学』第35号、中央大学社会学会、2026年、207-209頁  

この記事を書いた人
天田 城介
Josuke Amada

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