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社会的事件がやってくる と,agentsが喜ぶ(矢野 善郎)
初出:『中央社会学・社会情報学』(中央大学社会学・社会情報学会 2020年3月)「社会の読み方」
私にとって2019年は,総じて災難続きの一年annus horribilisであった。①パスポートの残存期間が足りずに飛行機に搭乗できず,グローバル・スタディーズでのインドネシア訪問を成田空港で中止にせざるをえなくなり,学生・大学に大迷惑をかけたのはそのクライマックスとも言えるが,それだけではない。②人生で初めて,民事訴訟の被告の一員となったというのも,なかなかのものである。ただ悪いことばかりでもなく,③父から実家を買い,④持っていたマンションも売却できた。まあイベントフルな一年だった。
これらのイベント=事件に共通することは,これらが自然現象の要素をほとんど持たない,社会的な事件であるということだ。病気,生死,天変地異などの事象は他の生き物にも起きる。人間にだけ,ルール・制度がなければ,そもそも生じえない事件がたくさんある。①では,旅券の残存有効期間が6ヶ月必要とインドネシア政府が入国要件を定めてさえいなければ,何もトラブルは起きなかった。そもそもルールがそう定まっていなければ起きない事件は,社会的事件と呼んでよいだろう。社会的事件は日々社会的現場でも起きているし,会議室でも起きている。そのうちの幾つかは(大)事件として記憶される。
社会的事件の処理には,制度の執行に熟達した人間が跋扈する。その手の人間を英語では“agents”と総称する。agentsは社会的な事件の発生を防ぐ役割も担うが,事件を創出する側でもある。①は旅行代理店travel agentsが個別にチェックしてくれなかったおかげで起きたとも言える。②では弁護士を代理人として立てるはめになったが,おかげで被告の一員である私自身は裁判所には行ってすらいない(ただ費用は何十万円もかかる)。④では不動産会社や司法書士が関わる。手数料は取られるが,取引自体はトラブルなく済む。
ちなみに③の不動産の移転登記は,父と私で行った。インターネットには親切な情報が無料で十分に見つかる。時間さえかければ役所以外のagentsに頼る必要はない。友人の法学教授は体験のため代理人を立てず②民事訴訟をやってみたそうな! 私といえば,せいぜい所得税の確定申告だが,一度だけ車検を独力でやったことがある(もう二度とすまい)。たしかにインターネットにより,agentsの神秘的な力は少し削がれたが,取引費用transaction costを考えると,素人自らが複雑な制度執行に手を出すことが割に合うとは限らない。制度的なことを独学で学び,書類などを書式に則って適切に提出するためにも時間と金はかかる。些細な記載ミスをつかれ巨額の損をすることもある。制度がますます複雑化する社会では,さまざまな制度的なミスの可能性も高まる。それこそが,さまざまな制度に,さまざまなagentsが寄生する余地を与える。
“agents”というと,日本語ではついつい「代理人(店)」と訳しがちだが,それが適切でない場合もある。Agent Smith, Secret Agent Manなどは代理人とは訳しにくい。社会科学用語としての“agents”は,行為actionする人間,「行為者」という総称的な意味にも用いられるということは,覚えていた方がいいだろう。英語辞書の最高権威Oxford English Dictionaryは,使用が古いと考えられる順に語義を並べる。日本語で代理人と訳す意味にあたるものは,やっと4番目に登場する。“4.a Of persons: One who does the actual work of anything, as distinguished from the instigator or employer; hence, one who acts for another, a deputy, steward, factor, substitute, representative, or emissary.” しかし,これすら「代理」という意味が前面にでていない。むしろ実際に仕事をする人という意味なのだ。そもそもOEDによれば,agentの反対語は,patientとされる(ただし「患者」と訳すよりは,「受動者」と訳すべき古い使用法)。“1.a. One who (or that which) acts or exerts power, as distinguished from the patient, and also from the instrument.” つまりagentの本来の意味は,能動的に「実行・権力を執行する人」とされているのだ。
この点で思い出されるのが,米国などでのスポーツや芸能人のagentsだ。有名選手等のためにスポーツ団体やスポンサーと交渉し,複雑な契約を確実な形でまとめ,成果に応じてそれなりの手数料をとる。グローバル化にともない,日本でも,プロスポーツではエージェントも存在しているようだが,まだまだ「代理人」どまりかもしれない。米国には,選手の売り込みや大型トレードの仕掛け人にとなるような能動的なエージェントも存在する。
社会の制度が複雑化するにしたがい,制度に熟達したさまざまなエージェント=実行者が暗躍する余地が広がる。より能動的なエージェントの市場は,日本では未開拓とも言えるのではないか。そもそも制度をとことんまで能動的にしゃぶりつくそうとするエージェントが生まれるのを阻止し,代理人としてのエージェントの存在しか許さない,そうした「文化的な障壁」が存在しているのかもしれない。
いずれにせよ2020年は,是非ともエージェントとの関わりの薄いno alarmsでno surprisesな生活を送りたいものだと個人的には願っている。
追記(2020/8/5)
2020年は,COVID-19によって世界史的に記録されるannus horribilisとなりそうですが,この原稿の執筆時点(2020年2月初頭)では,まったく予想もしないでいますね。その時点では既にヴィルスは日本でも出回りはじめていましたが,我ながら感度の低いことです。ヴィルスの変異や伝染自体は生化学的なプロセスとも言え,その意味ではパンデミックというのは純粋な社会的事件ではないのですが,言うまでもなく様々な面で制度と関わる社会的な現象という面も持ちます。社会学では,なにをもって「事件」と呼ぶか (W.H. Sewell Jr.のいうeventfulness)も問題になります。今回の新コロナ禍が,「パンデミック」という事件として公的に認知されるまでのプロセスが,医者・科学者という専門的なagentsによる「価値自由」な議論だけで決まらず,政治的・党派的な思惑とからみながら進んだということで,近代社会が抱いていた医学・科学への集合的な信仰を少なからず傷つけることになった,この点でもまったくalarmingでsurprisingでした。
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