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記事2025.06.19

就職してからも勉強を続けよう。 リスクフルな社会を生き抜くために(山田昌弘)

 最近気になる調査結果があった。リクルート・ワークス研究所が行った7か国、国際比較調査(Global Career Survey2024)がある。30代、40代の会社員対象で、この1年に自己啓発(自分で行うスキルアップのための勉強)を行った割合は、日本48.0%なのに対し、スウェーデン91.4%筆頭に、ドイツ88.7%、イギリス84.1%、フランス83.4%、アメリカは81.4%と続き、中国でも77.2%である。

 つまり、日本の中堅会社員は、自己啓発、つまり、スキルアップのための勉強をしない人が他の国に比べ圧倒的に多いということになる。

 よく、日本は、OJT(オンザジョブトレーニング)で、会社が必要な研修を行うから、自己啓発は不要という意見がある。しかし、同じ調査で、この1年にOJT(上司や先輩からの教育的指導)を受けた割合は、中国76.0%を筆頭に、米英独スウェーデンは70%台、フランスは56.9%だったのに対し、日本は、7カ国中最低の39.8%。

 つまり、日本では会社外のみならず、会社内でもスキルアップのトレーニングを受ける人は諸外国に比べ圧倒的に少ないということである。

 これは、日本的雇用システムと関係していることはいうまでもない。日本は、新卒一括採用、終身雇用、年功序列だから、社内でも社外でも特にスキルを磨く必要を感じない。このまま会社の中で、無難に過ごしていれば、定年まで給与が上がり続けるだろうと考える会社員が多いということだ。

 だからというべきか、同じ調査で「今の会社を辞めることになったとしても、希望の仕事につくことができる」と思う人の割合は、ドイツ77.9%、中国74.1%など、他国は50%を超えているが、日本はたった28.2%である。

 つまり、転職したら希望の仕事につけないと思っている会社員が大多数だということだ。 競争が少ないので、定年までそこそこ働いてそこそこ収入があればよいという正社員になれた人とっては幸せかもしれない。

 私は、近年韓国に行く機会が多くなっているが、友人の大学教員に聞くと、大学卒業して一流企業に就職すると、月収70万円以上、年収1000万円以上が当たり前だそうである。しかし、終身雇用ではないので、業績をあげられなければ解雇されるリスクも高い。また若年失業率も10%程度で高いので、自己啓発をしつづけなければ、よい企業にも就職できないし、解雇されて再就職もできない状況に置かれているという。これがグローバルスタンダード化した韓国の若者状況である。

 これが、他国では労働生産性の上昇率が高いのに、日本では労働者の生産性がなかなか高まらない一要因と考える。その結果、日本経済が低迷し、経済的地位が世界の中で低下し続け、一人当たりGDPで韓国にも抜かれてしまったのも頷ける。これが私の言う「幸せな衰退」なのかもしれない(拙書『希望格差社会、それから』参照)。

 しかし、このまま日本的雇用慣行が維持されるだろうか?

 一部の大手企業では、優秀な人材を集めるために、初任給をかなり引き上げているという報道がなされている。また、一部の金融機関では、特別採用枠を設け、一般入社の倍の給料を提示するところも現れた。

 いずれ、日本でも、今後、企業間格差が大きくなり、解雇規制が緩和され、終身雇用が維持できなくなる事態が起きるはずである。それが起きなければ、日本経済は徐々に衰退していく。しかし、それがいつ起きるかはわからない。

 先ほどのリクルートワークスのデータの中にも、光がみえるデータがあった。自己啓発と年収との関係である。すると、さまざまな要因をコントロールすると、他の国では有意差がないのに対し、日本だけが正の相関が観察された。自己啓発が当たり前に行われている国では、自己啓発の実施が収入増に結びつかないが、自己啓発する人が少ない日本では、自己啓発している人は確実に給料が高くなっているのだ。

 というわけでは、これから社会に出て行く皆さん。学校を出てからが、勉強の本番ですよ。自分で進んでスキルアップのために勉強すれば、それだけ会社での収入も増えますよ。それが、今後リスクフルになる日本社会で生き抜く鍵になりますよ。


初出:山田昌弘「就職してからも勉強を続けよう。 リスクフルな社会を生き抜くために」『中央社会学』第34号、中央大学社会学会、2025年、174-175頁  

この記事を書いた人
山田 昌弘
Masahiro Yamada

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