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風(矢野善郎)
夏に初めてスタジアムでのコンサートに行ってきた。中3の息子と二人,藤井風の日産スタジアムでのライブ。近年「初めて〇〇」といえば,歓迎されざる初の不調・失敗ばかり。ワクワクのともなう「初めて」は久々。
その日の聴衆は,なんと70,000人とのこと。たいがいの市町村の人口より多い。私も20世紀末あたりまでは洋楽やクラシックのコンサートをそこそこ聴きにいっていたものだが,規模があまりに違う。野球やサッカーでの数万人の観客もたしかに相当な圧を感じるが,グランド内にも席が設置されるコンサートでは,さらに数万人が付け加わる。見渡す限りの観客。地鳴りのような歓声。行き帰りは,人の波が新横浜駅との間にずっと続いていた。
考えてみれば,そもそも抽選のチケットも人生初(思いおこせば,チケットぴあ等の窓口に早朝から並ぶか,電話を何度もかけまくるのが昔の方法)。藤井風を知ったのは,通勤中に聴く別所さんのラジオ。自ら弾くピアノ・エレピをバックに,複雑なコード,凝った展開,岡山弁や言葉遊びをちりばめつつ,「はかなさ」「てばなす」を唄うスピリチュアルな歌詞。「青春病」が出たあたりで,これはただ者ではないと気付く。たまたま息子も別ルートYouTubeでなぜか「何なんw」にはまっていた。ライブがあると知り,親子で意気投合。チケット購入用のアプリをぎこちなくいじりつつ,勢いでチケットを2枚申し込む。あっさり当選。暑い8月末,嬉々として二人で会場に向かう。
藤井風ファンは若い人ばかりではないだろうと想像していたが,想像を遥かに超えて多様。運営者は感心にもファミリー席やバリアフリー席を設定していた。それもあって家族連れも多いが,60代・70代とおぼしき姿も結構みられ,お一人様で楽しまれているシニアも結構いる。アジア全域で結構はやっているとは知っていたが(「死ぬのがいいわ」「まつり」など),当日も少なくとも中国語と思しき会話は聞こえた。
担当した卒論などから,某旧J事務所などのアイドルファンが,コンサートで「戦闘的な」マウンティング行動(卒業生の山口さんの表現)をとることがあると聞いていた。巨大ライブであっても,演奏者・運営者が異なれば,相互行為儀礼は相当異なるようだ。ファンの年齢幅が広いことも影響してか,いたって心地良い協力的な空間を楽しめた。サービス満載の数時間が終了した後の時差退出も整然としていた(MCのグローバーさんがトークで時間をつなぎつつ,ゾーンごとに退出を呼び掛けていたのにも敬服。時差退出は事故防止のため欠かせないだろうが,その間に飽きない工夫はどのコンサートでもやっているのだろうか?)。
息子が翌日,ライブが終わった後の「ロス」が激しいとぼやいていた。民俗学でいう「ハレ」非日常から「ケ」日常にもどった喪失感を親子で共有。
このアーティストはかなり太っ腹で,ライブのスマホ撮影OK,しかも公式にYouTubeでライブ中継動画を無料で公開していた(息子によれば20万人以上が同時視聴)。画質・音質の保証される中継映像があるのに,なぜより多くの金を払い,苦労してライブ会場に足を運ぶのか。これは,もはや定番の社会学的問題と言える(Collins: Interaction Ritual Chains. (2004)は早い段階でこれを問題提起していた)。
音楽に限らず,とりわけスポーツなど,動画配信で観た方が間違いなくディテールがわかる。ただ動画視聴ではたいしたロスは起きない。コロナの副産物として日本の家庭にも動画配信やオンラインの技術が広く浸透したが,ポスト・コロナに様々なライブが息を吹き返しただけでなく,むしろ人をより集めている。デュルケムが100年以上前に見抜いたように,ライブの魅力の本質は「集合沸騰」であり,他の観客と集合的に時間を共有することにある――こう体感的に確信できた数時間であった。
巨大な観客の中にいる快楽には,明らかな中毒性がある。次の「ハレ」まで旅路は続く。
付記:私が審査委員長を務めている全国高校生英語ディベート大会は,2024年度は岡山市で開催された。その準備のため岡山を訪問する機会が何度もあった。あちこちで藤井風ファンだと公言していたら,なんと出身校の岡山城東高校で講演をする機会があり,彼が通っていた音楽科の教室で彼のサインを見せてもらえた(聖地巡礼)。「推し活」はこっそりやるより恥ずかしがらずに広言した方が,色々と「弱い紐帯」で縁がつながるということか。
昨年バスケのB3リーグについてこの欄に書いたものをネットに載せたら,当のチームから連絡を頂いた。もしや今回も…。
初出:矢野善郎「風」『中央社会学』第34号、中央大学社会学会、2025年、172-173頁
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