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時間と社会構造 (首藤 明和)
初出:『中央社会学・社会情報学』(中央大学社会学・社会情報学会 2021年3月)「社会の読み方」
時間と社会構造
首藤明和
社会学の概念では、近代化、産業化、都市化、官僚制化、世俗化など、変化を表す言葉が多く使われます。時間は社会を読み解くうえで鍵を握っているからです。〈~化〉〈~ゼーション〉といった概念は、未来はいつでも過去のどんな経験とも異なっていることを表しています。時間とは差異の連続だからです。興味深いことに私たちは、ある出来事が起こった時、それを初めて遭遇した出来事としていちいち驚くことなく、むしろ記憶に基づく予期から、ある程度想定された出来事として対処し、有意味な行為をおこなうことができます。
記憶は、出来事を記録して保存するだけでなく、過去を想起して当為命題化し(これまでそうだったから、次もこうなるはずだ)、これからの行動への予期を確証する源にもなります。記憶に支えされた予期構造を通して認識や行動を調整するからこそ、私たちは現在の現象からその都度社会を読み解くことに追われることなく、未来のイメージを一定程度、組み立てることができます。予期の確証は、あらゆる確かさの先行条件であり、予期が実際に満たされることの確かさよりも重要とみなされます。自分が何を予期しうるのかを知っていれば、その予期の実現に関する不確実性に、相当程度耐えることができるからです。
このように社会構造は、時間の意味次元(これまで/これから)に沿って、綿々と消息する出来事を整序化し、〈複雑性=決定・選択への過剰要求〉と〈偶発性=リスク〉の除去に働きます。この社会構造としての予期構造を、構成主義をラディカルに推し進めたニクラス・ルーマンは、二つのタイプに分けて説明しています。規範的予期と認知的予期です(N. ルーマン著、馬場靖男・上村隆広訳『目的概念とシステム合理性』勁草書房)。
規範的予期は、生じた出来事がどうであれ、条件プログラム的かつ抗事実的に、サンクションも織り交ぜながら、予期そのものを持続させようとします。法規範がその代表例です。法は、法が破られること(予期外れ)を事前に組み込み、予期外れを「合法/非合法」のバイナリーコードに位置づけて説明したり、逸脱として制裁したりすることで、法の予期構造を抗事実的に持続させます。変わるべきは、法ではなく、出来事(人間や社会)というわけです。予期の持続は、予期に従わせることよりも重視されます。
一方、認知的予期とは、学習を通じた予期の更新を、事前に組み込んだ予期のことです。その代表例に科学システムがあります。科学では「失敗は成功のもと」になります。人類の歴史では、科学システムは、法システムよりもかなり遅れて生まれました。
昨今のグローバリゼーションでは、国境を越えるひとや情報の移動が高まり、新しい世界社会の創発が期待されています。しかし、なかなかその通りにはなりません。その理由もまた、時間から読み取ることができます。
グローバリゼーションは、政治、経済、法、教育、宗教、科学、芸術など機能分化した各システムのコミュニケーションのネットワークから構成されています。ネットワークで構成された全体社会を、俯瞰的に語れる特権的な場所は、どこにもありません。各機能システムのコミュニケーションは、それぞれの時間を社会構造としてもっており、それぞれのやり方で全体社会を観察します。それらは確かに全体社会像としては一面的ですが、しかし実際に通用しており、実定性をもっています。そうした多元的な時間を、特権的な場所から調停したり一元化したりすることは、現在の社会においては不可能なのです。
各機能システムの社会構造に埋め込まれた規範的予期は、私たちの生活で十分な多様性を発揮しますが、実はそのことが、社会的次元におけるコンフリクトをもたらします。規範性は、時間次元での「持続」には役立ちますが、社会的次元(わたし/あなた、国民/外国人、定住者/移民といった区別)のあいだの「合意」ではあまり役立ちません。
例えば、法システムの規範的予期では、主権を主張する立憲国家が、本来普遍的であるべき法を空間的に限定して、領土のなかで作動させます。その国の国籍を有する/有しないで、法は異なる作用を及ぼし、ここに排除と包摂の機制を作り出します。基本的人権は憲法と国籍によって制限され、グローバリゼーションの現実にそぐわない法規範も規範的予期として持続します。
政治システムの規範的予期は、集団的な拘束力を有する決定を下せば状況を変えられるはずだという当為命題と結びつきます。皮肉にも、そうした決定を下さないという決定を下すことにこそ、政治の真骨頂が現れます。例えば、コロナウイルス感染拡大においてなかなか緊急事態宣言を発出しないという決定は、その典型例です。決定には結果が求められますので、決定しない決定によって評価を先送りにして、政治の規範的予期は持続します。
経済システムの規範的予期は、貨幣の「支払い/受け取り」にかかわります。経済が構成する時間は、情報の技術革新と結びついて、もはや空間的拘束を受けず、貨幣の「支払い/受け取り」を瞬時のうちに、繰り返し、加速度的に推進します。経済の時間は、法や政治のそれに比べて圧倒的に速いのです。
もちろん法、政治、経済にも、認知的予期としての社会構造が備わっています。確かに、現実にそぐわない法は、学習を通じて改正が試みられますが、法改正に向けた法学者の議論は時間を要しますし、裁判の迅速化もその効果は限定的です。政治システムの認知的予期では、選挙結果や世論の学習を通じて予期の修正が試みられますが、日常的に繰り返される政治家の規範的言説に比べて、学習を通じた予期の更新は遅れがちです。経済システムの認知的予期は、貨幣交換がもたらす非人間性を学習して克服しようとしますが、それこそスローで手間暇かけることに価値を見出すなど、効果としては一部の経済活動に限られます。
時間の多様性により、合意が難しいことから、合意そのものを先取りした、時間に翻弄されない予期構造を打ち立てる向きもあります。つまり、特定のテーマの選択と有意味に行為しうるための状況の定義を前提とし、関与者の役割を代替選択肢の不在(自明性)の下にあてがい、行動負荷の軽減とリスク回避を動機づけます。例えば、正義、公平、公正、民主主義といった価値や理念は、規則やシンボルとして行動予見を統合し、学習を通じて適応を自身の状態への反応として捉え、容易かつ速やかに実行できるようにします。
ただし、価値や理念も自己準拠的な記述であることを免れず、今日のネットワークで構成された全体社会を俯瞰的に語る特権は持ちえません。私自身は、価値や理念に基づく合意形成よりも、社会への観察や記述の更新を繰り返し、問題の根源に迫る努力を続けることに、より大きな関心を抱いています。
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